第1028話 アルフレット夫妻は大丈夫そうでした



 草原を自由に走るフェンリル達に乗って、恐怖心よりも他の感情が勝ってきた様子のアルフレットさんとジェーンさんの会話を、レオがフェリーに近付いた事で聞こえた。

 馬やラーレと違って、鞍を取り付けていないため座った時の安定感は微妙かもしれないな……馬に乗り慣れていると特にだろう。

 毛がフカフカなだから座り心地はいいんだけど、鐙がないから特に足が不安定なのは否めない。

 その分、馬よりも走り方が安定しているんだけどな。


「どうですか、気に入りましたか?」

「タクミ様……気に入るかどうかはまだわかりません。ですけど、フェンリルに危険がなく本当に人を乗せて走ってくれるものなのですね」

「ワフワフ」

「グ、グル……」


 アルフレットさんに声をかけると、近くにレオが来ている事に一瞬だけ驚いた様子だったけど、すぐに気を取り直してくれた。

 危険がない事を示し続けていたおかげで、少しずつ慣れ始めてくれているんだろう。

 アルフレットさんの言葉には、レオが答えたけど……フェリー達にはちゃんと言い聞かせているらしい。

 元々温厚だからあまり必要ないとは思うが、念のためって事だろうな。


「ははは、そうだなレオ。――レオが言い聞かせているので、絶対に危害は加えられないですから、安心して下さい。ですけど、おとなしいからといってこちらから危害を加えたりってのは、止めて下さいね?」

「も、もちろんです! 魔物と戦う訓練をしている人でも、フェンリルに挑もうとは考えません! いえ、訓練をしている人によると、鍛えているからこそ絶対に敵わないとわかって、挑む気はなくなるらしいですが」


 訓練をして、鍛えているからこそ力の差がわかってしまうのかもしれない。

 なんとなくその気持ちはわかるかな? 鍛錬をしているおかげで、準備さえ整えていたらオークと戦えると思うし、エッケンハルトさんとかには敵わないだろうなとも思う。

 トロルドは……多分やり方次第なんだろうけど、あの膂力は脅威なのがよくわかるから、無謀な挑戦をしようとは思わない。

 それこそ、鍛錬相手になってくれているレオだけでなく、フェンリル達やラーレに本気で挑もうなんて欠片も考えられないしなぁ……。


「私に向けられた言葉ではありませんが、セバスチャンさんの言っていた事がよくわかりました」

「セバスチャンさんの?」

「タクミ様、ジェーンが言っているのはおそらく、客間で顔合わせをした際にヴォルターへ向けた言葉の事でしょう」

「あ~、あれの事ですか。ちょっと大袈裟だと思うんですけど……」


 アルフレットさんの後ろに掴まって、ジェーンさんが呟く。

 セバスチャンさんが何を言っていたっけ? と思い出せずにいるとアルフレットさんのフォローで、なんの事かわかった。

 ヴォルターさんに、セバスチャンさんが言った、公爵家の人達だけでなく、レオやフェンリルを敵に回す……みたいな事だな。

 実際にあれくらいの事で、レオ達を使ってどうこうというのはないんだけど、多くが味方をしてくれているとありがたく思っている。


「いえ、そんな事はありませんよ、タクミ様。レオ様はもとより、フェリー達もタクミ様の言葉をよく聞いております。恐れていたからかもしれませんが、私達から見るとタクミ様の声や言葉には耳を傾けている様子にも見えました」

「俺の声や言葉ですか……そうなのか、フェリー?」

「グルゥ!」

「もちろん! だって」


 ジェーンさんの言う事は本当かな? と思ってフェリーに声をかけると、走りながらも器用に頷いた。

 リーザの通訳からもわかるように、肯定している言葉だったようだ。

 なんとなく、ハンバーグとかの餌付け効果が大きい気がするが……まぁ、レオの影響もあるか。

 ともかく、他の人とは俺に対する扱いがフェンリル達の中で違うって事かな。


「グルゥ、グルルゥ」

「えっと、パパに撫でられるの、好きなんだって。他の人より特別に気持ちがいいって言ってるよー」


 食べ物の影響が強いのかと思ったら、撫でられるのが気持ち良かったかららしい。

 そんなに特別な事はしていないんだけどなぁ……そういえば、デリアさんもよく撫でて欲しそうにしていたっけ。

 レオ達ならともかく、耳や尻尾がある以外は人間の女性とそう変わらない人に、撫でるのをおねだりされるのは、ちょっとむず痒かったが。

 撫で方はリーザを保護した後にレオから教えてもらったけど、こちらの世界に来る前にも、レオをよく撫でていた影響とかあるのかもな。


「ワフ、ガウ!」

「グルゥ……」

「こらこらレオ、フェリーにやきもちは駄目だぞ? ほら、ちゃんと撫でてやるからな?」

「ワフ~」

「あ、ママズルいー。パパ、私もー!」

「はいはい」

「……シルバーフェンリルだけでなく、フェンリル、さらには獣人の子まで……」


 レオが反応して少し強めに吠え、意気消沈した声を漏らすフェリー。

 やきもちを焼いているのが丸わかりな反応だったので、注意しつつ背中を撫でてやる。

 リーザもおねだりしてきたので、後ろから支えながら頭をグリグリとしっかり撫でてやった。

 並走するフェリーの背中で、アルフレットさんが呆れた声を漏らしていたようだけど……いや、呆れと言うより、感心しているような? 


 ともかく、リーザやレオにおねだりされたのだから、撫でないという選択肢はないな。

 フェリー達は、レオがやきもちを焼かないように気を付けながら、後でちゃんと撫でてやろう。


「さて、アルフレットさん達はなんとなく大丈夫そうだから、次は……」


 フェリーに乗ったアルフレットさんとジェーンさんの夫婦は、戸惑いながらもなんとなく慣れ始めている様子が窺えた。

 とりあえずは大丈夫だろうと、レオに言って離れてもらい、他のフェンリル達の様子を見る。

 目的地もなく走っているので、走る速度や方向はそれなりに合わせているけど、それなりに距離が離れていたりする。

 一直線に走ったり、急にならないように気を付けながら方向転換をしたり、それぞれ楽しそうだ……リルルの横を一生懸命走っているシェリーは、少し大変そうだけど。


 体の大きさが違い過ぎるから、大変なんだろうな。

 控えめとは言っても、少なくとも人間の全力疾走よりは速いし。


「タクミさーん!」

「キィ」

「あ、ティルラお姉ちゃんとラーレだ。おーい!」

「どうしたんだろう、何か見つけたのかな?」

「ワフゥ? ワフワフ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る