第1029話 何やら騒いでいる組もあるようでした



 走っているレオの上空から、空を滑るように移動しているラーレの背中、ティルラちゃんから呼ばれた。

 段々と高度を下げてきているから、俺達と話したい事でもあるのかもしれない。

 首を傾げる俺の言葉に、レオは特に何もないはずと言うように声を出していた。

 レオが感知していないなら、特に何もないと思うけど……。


「タクミさん、あっちです! フェンの所で、何か騒いでいるようですよ?」

「フェンの? 楽しそうに走っていたと思うんだけど……」


 高度を下げ、俺達の斜め上あたりで速度を合わせるラーレの上から、ティルラちゃんが手を出してフェンが走っている方を示す。

 一番距離が離れているから、こちらからではよく見えないけど……少なくともフェンは楽しそうに走っているように見えた。

 という事は、フェンに乗っている人達が騒いでいるとかかな?

 確か、乗っていたのはヴォルターさんとアロシャイスさんだったか。


「教えてくれてありがとう、ティルラちゃん。行ってみるよ。……セバスチャンさん、頑張ってください」

「はい!」

「以前よりは、少しマシですが……やはり老いを感じますなぁ……」


 ラーレに乗るのに慣れないのは、あまり年齢とか関係ないと思うけど……ともかく、顔色の悪いセバスチャンさんに声をかけて、応援しておく。

 ……後で、疲労回復の薬草を上げた方がいいかもな、少しは楽になるみたいだし。

 ともかく、ティルラちゃんにお礼を言って、一言二言リーザとティルラちゃんが話した後、レオに言ってフェンの走っている方に行ってもらう。

 ティルラちゃんが気になるくらい騒いでいるみたいだから、何か問題が起こっていなければいいんだけど……。


「降りる、俺は降りるぞ!」

「ヴォルターさん、騒がないで下さい! 往生際が悪いですよ、ここまで来たんだから!」

「フェンリルに乗って走るなんて、生きた心地がしないんだ!」

「生きた心地どころか、気持ち良いでしょうに! そんなに騒いでいると、フェンが走りづらいでしょう!」

「ガウ?」

「……そんな事はないんですね。暴れるまではいかなくとも、背中で動いても動じないとは……ヴォルターさん、馬なら落馬するところですよ、落ち着いて下さい!」

「うるさい! とにかく俺は降りるんだ!」


 フェンに近付くにつれ、大きな叫び声が聞こえてきてティルラちゃんが言っていた、騒いでいるというのが、理解できた。

 どうやら、ヴォルターさんがフェンに乗ったにもかかわらず、観念するどころか走っている途中でも降りると言って聞かない様子だな。

 うーむ、一度走り始めたら乗り心地の良さとか、危害が加えられない事が実感できて、慣れてくれると思ったんだけど……。

 人によって、慣れ方とかが違うのは仕方ないか。


「アロシャイスさん、大丈夫ですか?」

「タクミ様! 良かった……聞いて下さい、ヴォルターさんが走っている最中にも拘わらず、降りると言って聞かないんです!」

「うっ……うぅ……こんな恐怖体験をするくらいなら、書庫で本を読んでいる方がマシです」


 レオが近付いて並走し、横から声をかける。

 アロシャイスさんは、フェンから手を離しているヴォルターさんを後ろから支えていた。

 俺が声をかけたら、ヴォルターさんは降りようと体を動かすのを辞めて、少しおとなしくなったようで、アロシャイスさんがホッと息を吐いた。

 俯いて泣き言を言うヴォルターさんの様子を見ると、荒療治は少しやり過ぎたかなぁと思ってしまう。


 まぁ、俺は辞退してもいいと思っていたんだけど、セバスチャンさんが強制したから……自分がラーレに乗るからと、引きずり込んだ感もあるけど。

 それとヴォルターさん、書庫にこもるのはフェンに乗るよりマシどころか、貴方の趣味ですよね?


「ヴォルターさん、怖い事や危険な事は何もないので、安心してフェンに乗って下さい」

「いや、しかし……いつ凍らされ、燃やされるかと考えると……」


 そういえば、フェンリルって火と氷の魔法を使うんだったっけ……川の水を凍らせているのは、森の中で見たな。

 だからといって、凍らされるのと燃やされるのは両立しない気もするが……マグネシウムじゃないんだから、水とか氷の中で燃えたりはしないだろう。

 ……いや、魔法ならそれも可能なのか? まぁ、今はそんな事を疑問に感じている場合じゃないか。


「そんな事しませんから。フェン達も、走る事ができていい気分なようですし、掴まっていれば何もありませんよ」

「ほら、タクミ様もこう言っているし、我慢して下さいヴォルターさん」

「くぅ……」

「それに……あまり騒いでフェンリルやタクミ様に迷惑をかけると……凍らされる、燃やされるでは済まないかもしれませんよ? レオ様という、シルバーフェンリルが近くにおられるのですから」

「ひぃ……!」


 安心させるように声をかけると、ヴォルターさんを支えているアロシャイスさんも同じように声をかけた。

 一応急に暴れたりしないように、後ろから抱き着くような形で締め付けているアロシャイスさん。

 かなり距離が近いアロシャイスさんは、唸るヴォルターさんの耳元に口を寄せ、耳打ち。

 そんな脅すような事を言わなくても……レオは騒いだくらいで怖い事をしたりはしませんよ?


 というより、本当に騒ぎ過ぎた時に何かをするのはフェンだと思うんだけど……。

 魔法を使う以前に、振り落とされたりとか? いや、アロシャイスさんが離したら、暴れて勝手に落ちそうだけど。

 馬より高い位置ではないけど、速度は出ているから馬からの落馬より危険だろう。


 ともあれ、アロシャイスさん……結構強硬な手段というか、ハッタリ的な事も言うんだな、覚えておこう。

 場合によってはそういう手段も必要なんだろうな……ニックを捕まえた時や、粗悪な薬を売っている店に乗り込んだ時の、セバスチャンさんを思い出した。

 あれよりはまだ、迫力はない感じだったけど。


「あっちはアロシャイスさんとフェンに任せよう。フェンは楽しく走っていただけで、我関せずだったけど」


 脅しが効いたのか、すっかりおとなしくなってフェンの毛を掴んだヴォルターさん。

 多分大丈夫だろうと、アロシャイスさんやフェンに任せる事にして、離れる事にした。

 体を震わせていたヴォルターさんは、レオやフェンに怯えているのか、それともアロシャイスさんに怯えているのかわからなくなったけど……。



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