第1001話 レオはシェリーが羨ましいようでした



 ハルトンさんが持って来ていた袋の中には、試作スリッパが十足程度入っているので、ライラさん達にはそれを使ってもらう。

 クレアは十分に試したと思うけど……履き慣れるために、持っておくみたいだ。

 危険な事にならなければ、別に構わないか。


「あ、滑って転ぶと危ないので、できれば誰かと一緒にいる時に試すのがいいですね」

「そうですね。転ばないように注意を払いながら、試してみます」

「……全部、耳が付いているのですね」


 ライラさんもクレアを見ているからわかっていると思うけど、一応の注意を伝えつつ、俺が持っていたスリッパ入りの袋を渡す。

 隣にいたクレアが、袋の中を覗いて呟いた。

 獣耳っぽい物の付け方に違いはあっても、試作スリッパには今のところ全部ついているからなぁ。


「耳付き帽子が人気だからとかで、付けたみたい。使う布が多くなる分、費用が掛かってしまうからとりあえずはなしにしてみるってハルトンさんと話してたんだ」

「そうなんですか? でも、可愛いですよね」

「可愛いのは確かにそうなんだけど……男性が履くと考えるとね。女性用としてとかなら、大丈夫かな?」

「耳付き帽子よりは、多くの人の目に触れませんので、欲しがる人は増えるかもしれませんけど……これも想像でしかありませんね。そちらの判断は、実際に作るハルトンやタクミさん次第ですか」


 ライラさんもクレアと袋の中を覗きながら、スリッパの耳部分を見て顔を綻ばせているので、女性には売れるかもしれないな。

 クレアも気に入ったようだし……バリエーションの一つとしては考えていいのかも。

 ともあれ、まずは滑らないようにする事や、足先を出すかどうかなど、考える事はあるからまだまだこれからだな。

 あと、もしゲルダさんが試そうとした場合は、絶対に複数人で見守るようにする事……なんて話ながら、ティルラちゃんの様子を見に裏庭に戻った。



 裏庭では、フェンリル達にも謝ったのか、ティルラちゃんがフェリーのお腹を撫でていた。

 リーザも起きていて、一緒にいるようだからそちらにも話はしたんだろう。



「ワフワフー」

「お、レオ」


 裏庭に戻った俺達に、レオが近付いて鳴く。

 ティルラちゃん達がフェンリル達を構っているので、暇なようだ。


「あ、そうだレオ。ラーレを叱ったんだってな? やり過ぎたら駄目だぞ、ラーレはティルラちゃんに従っただけなんだから」

「ワフゥ……」

「よしよし。レオもティルラちゃんが心配で、ラーレが止めなかった事を叱ったんだよな?」

「ワウ」


 ラーレは唯一、ティルラちゃんを止められたとはいっても、責任を負わなきゃいけない程じゃないからな。

 注意くらいならしてもいいと思うけど、フェリー達が怯えたり、リーザが目を回すくらい叱るのはやり過ぎだ。

 レオの頬辺りを撫でながら、今後はやり過ぎないように注意しておく。

 あと、レオがラーレの立場でも同じく止めそうにないので、それも言っておいた。


「ワフ。ワウ~……ワフ? スンスン……」

「レオ様? これが気になるのでしょうか?」

「こらレオ、これはおもちゃじゃないから、噛んだらいけないぞ?」


 俺が言った事に頷き、気持ち良さそうに撫でられているレオが、クレアさんの持っているスリッパに気付いて鼻先を近付け、匂いを嗅いだ。

 スリッパその物に興味があるというよりは、布物に興味があるようだったので、さっきリーザの買った布を引っ張った時のような事にならないよう、注意しておく。


「ワフゥ……ワフワフ」

「あっちに何が……シェリー?」

「シェリーが夢中になっていますね」


 溜め息を吐いたレオが、俺達の視線を誘導するように顔を向けた先では、ティルラちゃんの横で一生懸命布ボールを齧っているシェリーの姿があった。


「もしかして、おもちゃが欲しいのか?」

「ワフ、ワフ!」

「うーん……以前なら何とでもなったんだろうけど、今の大きさじゃなぁ。噛む力も凄そうだし」

「ワウ……」


 シェリーの方を見るレオが羨ましそうな雰囲気だったので、聞いてみると尻尾を振りながら何度も頷いた。

 小さかった頃なら、犬用のおもちゃでよくある骨の形をした物や、犬用ガムとかがあったんだけど……。

 もし同じ物を作っても、剣を噛み砕くような牙と力を持っている今だったら、あんまり満足できなさそうだ。


「甘噛みでも、布には簡単に穴を開けそうだし……木や石は砕けるか」

「ワフゥ、ワフワフ」

「レオ様が噛めば、全ての物を噛み砕けそうですからね。シルバーフェンリルの伝承では、そう伝わっています」

「ですよね……まぁ、レオが加減をしたとしても、シェリーと同じ物はさすがに……」


 レオならちゃんと加減はするだろうし、石や木を砕いても破片を飲み込まないようにはできると思う。

 けど、だからといってそういった物を噛ませるのはなぁ……外ならまだしも、屋内だと破片が散らかってしまうし。

 せめて弾性のある物があれば、布よりマシな物になりそうだけど……。


「クレア、ライラさん。弾性のある物……なんというか、引っ張って伸ばしても戻るような物って何かあるかな?」

「伸ばしても戻る……やはり布でしょうか?」

「布であれば、素材次第で多少引っ張っても元に戻る、という物はありますが……おそらくタクミ様が考えているような物ではないかと」

「うーん……そうですね。でも布だと穴が開いてしまいそうですし……」

「ワフゥ……?」


 やっぱり、この世界で弾性のある物を求めるのは難しいか……。

 レオから残念そうな表情で鳴かれると、なんとかしてやりたいんだけどなぁ。

 ゴムとかあれば、それなりの物を作れて布よりは穴が開きにくいと思うんだけど、ないしなぁ。


「ん……ゴム? ゴムかぁ……」

「ゴムというのは? そういえば、以前タクミさんが言っていたように思いますけど」

「セバスチャンさんが、南の方の国でそれらしき物があるって言ってた物だね。でも、さすがに今ここにはないわけだし……」


 でも、ゴムって樹から取れる樹液なんだよなぁ。

 樹なら植物だし、『雑草栽培』でできないかな? いや、雑草ではないけど。

 それに、南の国にあるのなら人の手が入っていてもおかしくないし……うーん。


「タクミさん?」

「あ、ごめん。ちょっと考え込んでたよ」


 ゴムをどうにかして『雑草栽培』で、と考えていたらクレアに呼ばれて意識を戻す。

 レオも首を傾げているし、急に考え込んでしまったな……。



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