第991話 ラクトスから屋敷に戻りました



「……いいの?」

「あぁ、もちろんだ。また街へ来た時に、何か欲しい物……食べ物でもいいんだけど、そういうのを買うためにな。貯めておけば、後々ちょっと高い物を買うとかもできるぞ?」


 まだ少し窺う様子のリーザに笑いかけて、銅貨を持つリーザの手を握って、しまっておくように言うと、おとなしく従ってまたポケットに入れてくれた。

 あ、ポケットに入れたままじゃ不便だな……。


「すみません、ハインさん。小さめの革袋……銅貨とかを入れる革袋を、もらえますか? あと、その袋が入るくらいの小箱とかもあれば……」

「はい、畏まりました、すぐに」


 男の子なら、ポケットに詰め込んでパンパンにするのも微笑ましいんだけどな……まぁ、入れるのはお金だけじゃないだろうけど。

 リーザは女の子だし、ポケットにお金を詰め込んで膨らませているのは、ちょっとな。

 そう思って、ハルトンさんに財布代わりの革袋をお願いする。

 小箱はお金を持ち運ばない時、しまっておくための物だな。


「パパ?」

「ポケットに入れたままだと、不便だろうからな。これは、ちゃんと欲しい物を買ったリーザへのプレゼントだ」

「こんなに買ったのに、他にもいいのかな……?」

「喜んで受け取ってもらえる方が、俺は嬉しいぞ」

「そうなの? うん……わかった!」


 不思議そうにこちらを見るリーザに、店員さんが持って来てくれた革袋と小箱を受け取りながら、言い聞かせる。

 それでもまだリーザは遠慮しているようなので、ちょっと卑怯だけど俺が喜ぶからという理由にしておいた。

 これからこれから……今はこれでいいとしておこう。

 


 俺とリーザのやり取りが、いつの間にか見ていた皆から微笑ましく見られていて、少し恥ずかしいという場面もありつつ、ハルトンさんにお礼を言い、革袋などのお金を支払って雑貨屋を出る。

 外で待ってくれていたレオは、お座りしてヨハンナさんに抱き着かれていたりして、今度はヨハンナさんが恥ずかしがる場面もあったが……それもはともかくだ。


「えへへー、ママ見てー。パパが買ってくれたの!」

「ワフワフー」


 きゃっきゃと、リーザが楽しそうにお金の入った革袋や、お金を入れる予定の小箱をレオに見せている。

 レオも、そんな楽しそうなリーザを見て、嬉しそうに鳴いているな。


「ははは、リーザ。嬉しいのはわかるけど、あまり外で見せびらかすんじゃないぞー?」

「はーい!」


 微笑ましい光景ではあるんだけど、革袋の中身はお金が入っているからな……あまり外で振り回して欲しい物じゃない。

 屋内ならいいとかでもないけど……屋敷に戻ったら、フェリー達にも見せそうだなぁ。


「リーザちゃん嬉しそうですねー。あ、レオ様、私のはレオ様の箱ですよ。ここに、レオ様のネックレスを入れるんです!」

「ワフ? ワフ……」


 同じく嬉しそうなティルラちゃんは、自分が買った宝石箱や木彫りの鳥を見せている。

 ただ、そちらを見たレオはあまり嬉しそうじゃないな……多分、ウルフの意匠より自分の方が、と思っているんだろう。

 木彫りの鳥への興味がないのはともかく、以前にもティルラちゃんがネックレスを見せた時、やきもちを焼く仕草をした事もあったからな。


「ふふふ、二人共楽しそうです」

「そうだね。まぁ、あのくらいの子達は、笑顔ではしゃぎ回っているのが、見ていて一番いいよ」


 隣で微笑みながら、俺と同じくリーザやティルラちゃんを眺めるクレア。

 子供達が楽しそうにはしゃぐ姿っていうのは、やっぱりいいものだ。


「そうですね……ティルラは、屋敷に戻ったら落ち込むでしょうけど」

「あー……まぁ、説教が後回しになっているからね」


 と、実感を込めて話していると、クレアが少しだけニヤリとして言った。

 スラムの事に関して、俺達が思っている以上に考えていたとは言っても、やってしまった事は仕方ない。

 屋敷に戻ったら、クレアやセバスチャンさんからたっぷりとお説教を受ける事になるだろう……落ち込んでいたら、リーザやレオと遊んでもらう事にするかな。


 あとクレア、その口角を上げただけで目が笑っていない表情、なんとなくセバスチャンさんに似ているから、止めた方がいいと思う。

 今はすぐ近くにセバスチャンさんがいて、聞かれてしまうから言えないけど……。

 そんな風に話しながら、人通りの多くなった大通りの途中にある屋台で、昼食を買って食べた。

 買ったのは、焼きそばもどきやうどんもどきなど、俺が食べたかった物が多い……ちょっと味は違うし麺類ばかりだけど、日本食だからラクトスに来たら食べたくなってしまうんだよなぁ。

 満腹になった後は、ティルラちゃんから始まった騒ぎが収まったのを確認しつつ、屋敷へと戻った――。



「「「「「お帰りなさいませ、皆様!!」」」」」


 屋敷へ帰りつくと、相変わらずの使用人さん達に迎えられる。

 一度ラクトスまで行って、先に戻った使用人さん達もいるようだ。


「レオ様、シェリー、リーザちゃん。裏庭に行ってラーレ達が戻っているか確認しましょう!」

「待ちなさいティルラ。逃げようとしてもそうはいかないわよ? お話があるので、貴女はこっちです」

「うぅ……駄目でした……」

「ははは、今回は反省しないといけない事もあるから、仕方ないよね。頑張って」

「ティルラお姉ちゃん、頑張ってー!」

「ワフワフ!」

「キャゥ!」


 使用人さん達への挨拶も程々に、ティルラちゃんがさっさと裏庭に逃げようとするのを、クレアが捕まえて奥へと引きずっていく。

 説教されるであろうティルラちゃんに、皆で声をかけながら見送った。

 あ、やっぱりセバスチャンさんもそっちなんだな……ティルラちゃん、落ち込まないといいけど。


「それじゃ、リーザはこっちだな。レオも、おいで」

「はーい、パパ!」

「ワフ!」

「……キャウ?」


 リーザの買った物を保管するため、レオと一緒に呼んで部屋に……。

 と思ったら、シェリーが首を傾げて鳴いた。


「クレアとティルラちゃんの方に行っても、シェリーはつまらないだろうから、裏庭でフェン達といればいいかな?」

「キャゥ!」


 ティルラちゃんが確認するまでもなく、フェン達やラーレは先に戻っているはずなので裏庭にいるはず。

 そちらに行けばシェリーも退屈する事はないだろう。

 一声鳴いてタタッと駆けて行くシェリー……誰かについて行かなくても、裏庭への道を覚えているんだなぁ――。



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