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第954話 希望者が殺到中のようでした
第954話 希望者が殺到中のようでした
「タクミ様も知っておられるように、ラクトスには仕事を持たない者達……スラムで暮らす者達がいます。雇用を活性化させ、働く者が増える事でスラムの縮小という狙いもあります」
「働けるようになれば、定期的に給金が入りますから、スラムを抜け出すのもできそうですね」
「まぁ、さすがに身元がはっきりしていないので、スラムから多くを雇うのは難しいのですが……」
「雇う際に調べるにしても、限界があるのよね。当然ながら、街道整備ができる者も雇わないといけないから」
まぁ、雇用者を増やせると言っても、全員スラムから雇うわけにもいかないよな。
街道整備は早い話道路工事だし、機械などもないこちらでは俺が考えているよりも肉体労働になるだろうし、単純労働に一番人員が必要だろうとしてもだ。
指示する人や、整備計画を考える人や調整する人など、専門家的な役割の人が必要だからな。
それに、とにかく誰でも雇えばいいというわけでもない……スラムで暮らしている人達は、身元などがはっきりしないので、それを調べたりも必要で……そう考えると、簡単に雇用が増えて良かった良かった、では済まないだろう。
「でもセバスチャン、スラムの話が出たという事は?」
「クレアお嬢様が予想されている通りかと……スラムからの希望者が想像より多いようです。先程話していたのは、資材収集の管理者なのですがそちらにもスラムの人間から希望者が多く寄せられていると」
「それで、セバスチャンさんが相談というか、話し込んでいたんですね」
「はい。資材収集にも、街道の工事にも、どちらにせよ単純な作業……体を酷使する作業はあります。ただそれらは、読み書きが難しい者でもできますので、スラムの者達にはちょうど良いのです。向こうも、それがわかっているのでしょう」
ニックが言っていたが、読み書きができるかどうかで働き口が大きく変わるらしい。
だから、スラムから抜け出そうともがいていたにも拘わらず、結局仕事が見つからずどうにもできずに、悪い事を……となってしまったとか。
まぁ、短絡的だと思うと同時に、働く事もできずお金もなく、それでも生きるためとなりふり構わなくなれば、悪魔の囁きにそそのかされてしまう事だってあるのかもしれない。
だからって、悪い事は悪い事なので決して賛同はしないけどな。
今回の街道整備では、多くの人が雇われる事が見込まれるし、読み書きが必要のない作業もあるため希望者が殺到したのかもな。
とはいえさっきも言った通り、全員を雇う事はできないのでセバスチャンさんと話し込んでいた、資材収集の管理者さんが困っていたって事か。
「以前は、それなりに人員が募集される場合でも、スラムからの希望者はあまり多くありませんでした。それが今回は急に増えたとの事です」
「急に……今まで同じような募集はなかったんですか?」
「ここまで大掛かりな事がなかったのは確かです。少なくとも、私が知る限りはですが。そういう意味では初めての事なので、これまでの事には当てはまらないのでしょうが……」
「もしかして、タクミさんやレオ様がいるから……かしら?」
「俺が?」
「ワフ?」
これまではスラムにいる人達が、多く希望する事はあまりなかったらしい……セバスチャンさんの話しぶりからは、なくはない程度か。
初めての事だから、これまでの例と同じく考えない方がいいのかもしれないけど、何かしら原因があるのではないか、と考える俺とセバスチャンさん。
その時、同じく歩きながら考えていたクレアがふと思いついたように、声をあげる。
それに対し、思わずレオと一緒に首を傾げた。
「以前、タクミさんはレオ様と一緒にスラムへ行き、ディームを捕らえました」
「……そんな事もありましたね」
「ワフ」
リーザを標的にしていた男、ディーム。
その名を聞いて、リーザが嫌な顔をするかなとチラリとレオの背中に視線をやるが、あまりこちらの話を聞いていないようで、周囲を行き交う人達や、お店をキョロキョロして楽しそうに見ていた。
良かった……あの頃の事は、あまり思い出して欲しくないからな。
「実質的にスラムを仕切っていた男です。もしかしたら、あの男がいなくなった事でスラムに住む者達が、多少は自由に行動できるようになったのでは、と」
「……あり得る話ですな。スラムを牛耳る者にとっては、真っ当に働いて離れていく事は看過できないはず。でしたら、あの者がいなくなればスラムから出るために働きたいと考える者も出るでしょう。上から抑えられているというのは、恐怖を煽り行動を制限させられます。それがなくなれば、どうして今まで……と考える事でも、行動できないものです」
恐怖で支配していた者がいなくなって、自由になった事でようやく真っ当に働きたい、と考えた人達が多いって事か。
セバスチャンさんが言っているのは、実感がこもっているのでおそらく実体験に近い事なんだろう。
以前聞いた話では、先代の公爵家当主様と出会うまではスラムで暮らしていたらしいから。
「成る程……だから、俺やレオがいるからって事だね」
「タクミさんとレオ様の噂は、ラクトス中に広まっています。まぁ、色々と事実以外も含まれているようですけど……」
ディームを捕まえた後、ラクトスで広まった噂の事は以前にも聞いた事がある。
クレアが言うように、尾ひれや背びれが付いて、よくわからない内容のものもあるけど。
さすがにそれはどうなんだろう? というのもあって、悪さをしようと考えるだけで俺がレオに乗って颯爽と現れ、連れ去って行くとか……俺が悪者になりかねないものまであった。
というか、さすがに街中で颯爽とレオに乗って駆けたりしないし、人攫いなんかもしない。
そもそも人の考えている事を読む力なんていうのもないので、考えただけで遠くから俺が嗅ぎつけて来るなんて事もあり得ないんだけどな……。
まぁ、初めて聞いた時は苦笑すら出なかったけど、今は噂なんてそんなものだろうと諦めている。
一度広まった噂を、全部消すなんてできないから。
おかげでレオを連れていても、目立つだけで怖がられたりはしないのはありがたいけど、時折期待されているような目で見られたりもする。
……変に期待されても、何もできないんだけどなぁ――。
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