第955話 今すぐの対処は難しそうでした



「スラムに対して、何か良い方策があればよろしいのですが……」

「ある程度雇うとしても、全員を雇えないのはわかりましたけど……縮小させたり、住み着いた人を減らす方法ってないんでしょうか?」

「強硬な手段に出れば、可能でしょう。ですが、相当な反発がある事が予想されますし、ラクトスでは難しいでしょう」

「ラクトスは人の往来が多いと、以前タクミさんには言いましたが……王都へ行くため、他領からも通る人が多いのです。なので、無理に今住んでいる人達を排除したとしても、少し経てばまた……」

「街の南に広がるフェンリルの森は広く、公爵領以外にも繋がっています。北の山や付近の森も同じくです。他領から迂回し、ラクトスを通って王都との行き来をしています」

「成る程……」


 強硬な手段というのは、セバスチャンさんが昔の事を話した時に言っていた、公爵家が兵士を連れて強制的にスラムにいる人達を捕まえるなり追い出すなりするって事だろう。

 まぁ、あれは街に住んでいる人が被害に遭ったため、スラムをどうにかして欲しいという機運が高まったため、当時の公爵家当主様が動かざるを得なかったようだけど。

 街の人達の多くから不満や陳情が届いているのに、無視していたら公爵家の今の評判はないだろうからな。

 ともかく、公爵領だけでなく色んな場所から人が多く訪れる場所だから、今スラムを強制的になくしても、いずれ再びスラム化してしまうだろうとの事だ。


 西門に向かいながら、もう少し聞いてみると……スラムに住んでいる人達は、他の街や村からあぶれた人達……まぁ、犯罪を犯して逃げてきた人とかもいるみたいだけど。

 ともかく、そういう人達が流れ着くのは往来が激しい街として、避けられない事だろう。

 さらに、リーザも含めて孤児もいるのは、住み着いた人が子供をという事があったりもするけれど、育てられなくて……なんて事も多いらしい。

 子供を捨てるなんて……とリーザを見たり、同じく捨てられていたレオを拾った時の事を思い出しながら、リーザと一緒に周囲の露店を見て楽しそうにしているレオを撫でて、ささくれ立つ心を落ち着かせた。


 孤児院で引き取るのも限界があるし、そもそも現状でいっぱいになっているようだし……そういう人が減る事を願うばかりだ。

 街の衛兵さん達も、見回りをしたり注意したり捕まえたりと、対処はしようとしているらしいけど、人が多い事以外にもスラムに住んでいる人達が衛兵さん達を嫌って、あまり近付けようとしないとか。

 まぁ、全員が全員じゃないけど、犯罪者とかもいるようだから近くに衛兵さん達が来るのは、嫌がるのも当然か。

 ……その結果が、ディームのような人物が出てきたり、リーザがいじめられるという事に繋がったわけだが。


「スラムにある家を、少しずつ減らす……とかは駄目なんでしょうか? 以前行った時に見ましたけど、打ち捨てられているような建物が多かったので。雨風を凌げるのであれば、そこに人が住み着くでしょうし」


 日本でもそうだが、空き家でほとんど管理がされていないような建物には、勝手に誰かが住み付いたり、隠れ家的に利用されたりする事があった。

 大抵は、見つかったら不法侵入とかで捕まって追い出される。

 建物を撤去したり、人が入らないようしっかり管理するのも費用がいるから、どうしてもそのままになっている物が残るようだけど。


「一応、少しずつ範囲を狭めるように建物の解体をしたりはしますが……ほとんどが、放っておけば近いうちに倒壊するであろう建物ばかりです。それでも、スラムからは相当な反発があるようですが……ただ、タクミ様の考えでは悪手になりかねません」

「スラムからもあぶれた人達がどうするか……必ずではありませんが、真っ当に暮らしている街の者達に対し、事を起こすのも考えられます。新しく住み着く人は減るのかもしれませんが……今いる人達がどういう行動に出るのか……」

「悪い方向にだけ考えれば、自分達とは違ってまともな暮らしをしている、と嫉妬に駆られて……とも考えられます」

「そう、ですか……簡単には行きませんね」


 やっぱり難しいか……スラムの人達がどう考えるかはわからないけど、セバスチャンさんの言うように働いて穏やかに暮らしている人達を見れば、嫉妬してしまう可能性だってある。

 人の感情、特に負の感情は取り返しのつかない事をしてしまうのは往々にしてあるからな。

 うーん……少しずつ、なんとかしていくしかないのか……?


「まぁ、スラムの事に関しては今すぐどうこうできる問題でもないので、屋敷に戻ってからじっくりと考える事にしましょう」

「……そうですね」


 そろそろ西門にも近付いてきたし、歩きながら話してもすぐにいい方法が考え付くわけでもないからな。

 セバスチャンさんの言葉に頷き、気持ちを切り替えて大通りを歩く。


「……本当に、耳付き帽子を被っている人が増えたなぁ」

「ふふ、そうですね。これなら、またタクミさんとセバスチャンが帽子を被っても、目立ちませんね」

「クレア……あれはリーザが期待していたからで……はぁ……」

「むぅ、クレアお嬢様からからかわれる日がこようとは……」

「あら、からかう気はなかったのだけど……可愛らしかったわよ?」


 クレアから、微妙にフォローになっているのかわからない言葉。

 俺もそうだけど、セバスチャンさんも溜め息を吐くしかできない……男が耳付き帽子を被って、可愛げを出してもなぁ。

 いや、男でも可愛い恰好が好きだったり似合う人もいるから、一概には言えない事だけども。


「ワフ!? ワフワフ!」

「ん、レオ……? あぁ、お腹が減ったんだな」


 耳付き帽子の話題は失敗したなぁと考えていたら、レオが屋台で売っている食べ物に反応して鳴く。

 露店を出している人が近くで鳴かれて驚いた様子だったけど、何度もラクトスにレオが来ているのを見ていたのか、すぐに売っているソーセージに手で風を送り、レオやフェンリル達に匂いを嗅がせた。

 ……怖がらないでいてくれるのはありがたいけど、そうなると当然欲しがるのがレオ達。

 すぐにソーセージへ向かって走り出さないのは、以前我慢を覚えさせたからだし、フェンリル達はレオより先に走り出しちゃいけないと考えているからだろう――。



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