第932話 レオがお迎えに来てくれました



 頭の中が大混乱している中、二人で見つめ合う。

 おそらく数秒程度だと思うが、数時間にも時が止まったようにも思えるくらいだ。

 そうして……。


「ワフ、ワフー!」

「はっ!」

「あっ!」


 レオのものだと思われる聞き慣れた鳴き声が、周囲に響いてクレアとお互いハッとなって正気に戻った。

 お互いそんなに早く動けたんだ……と思うくらいの速度で、咄嗟に離れて背中を向ける。


「ワフー! ハッハッハッハ……!……ワフ?」

「あははは……まぁ、気にするな」

「……なんでもありませんよ、レオ様」

「ワフゥ……?」


 暗い宵闇の中、月明かりを反射した銀色の毛をなびかせて、俺とクレアの横を一度通り過ぎたレオが、すぐに方向転換して戻って来る。

 舌を出して嬉しそうな表情をしていたが、すぐに俺とクレアの様子に気付き、首を傾げた。

 苦笑して、クレアと一緒にとりあえず誤魔化したけど、レオの方は納得していないようで、訝し気だ。


「そうだ、フェル達にハンバーグを持ってきたんだけど……」

「ワウ!? ワフ、ワフ……スンスンスンスン!」

「いや、レオはさっき村で食べただろうに」

「ふふふ、レオ様はまだまだ食べたいのですね。美味しいですものね、タクミさんが作ったハンバーグ」

「ワウ!」


 とりあえず誤魔化すために、持って来ていたハンバーグが包まれている袋を持ち上げると、すぐにそちらに気を取られたようで、鼻先を近付けて匂いを嗅ぎ始める。

 ……レオは村でたらふく食べたから、フェルや村に来てなかったフェンリル達の分なんだが。

 微笑みながら話すクレアさんは、気持ちを切り替えたようでさっきまでの、なんとなく気恥ずかしい雰囲気はなくなっていた……残念なような、ホッとしたような……。

 というかレオ、村にいる時も見ていただろうけど、作り方を教えたのは俺でも、村の人達と協力して対量に作ったから、全部俺がつくったわけじゃないんだが……まぁ、いいか。


「それにしてもレオ、俺やクレアさんが来ているってよくわかったな? まぁ、レオにとっては難しい事じゃないんだろうけど……ハンバーグの匂いに釣られたか?」 

「ワフ? ワフワフ、ワフー」

「クレアさんの声が聞こえたから、か。成る程な」

「私の声……あ、さっきの……」


 レオなら気配なりなんなりで、俺達が近付いている事に気付いてもおかしくないが、どうやらさっきクレアが躓いた時に出した声が聞こえて、様子を見に来たらしい。

 色々とぶち壊された感はあるし、さっきから視線がずっとハンバーグの入った袋に向いているけど、俺やクレアを迎えに来てくれたのは素直に嬉しいからな、撫でておこう。


「とりあえず、エッケンハルトさんの時のように、怒るわけにはいかないね……」

「そうですね……お父様と違って、レオ様は私達に何かあってはと考えてくれたようですし。――ありがとうございます、レオ様」

「ワフー! ハッハッハッハ!」


 なんだか、クレアと二人で雰囲気が作られると、何かしらの邪魔が入る運命になっているような気がするけど……それはともかく、覗きに来たとか面白そうだからってわけじゃないので、レオは怒れない。

 クレアも俺の言葉に頷いて、レオにそっと近づいて体を撫でた。

 撫でられて気持ち良さそうに鳴くレオだが、その目線は俺が持つハンバーグから離れない……涎も出ているから、バレバレだ。

 ……フェル達が満足するくらい、ハンバーグが残るか少し心配だ――。



「申し訳ございません、クレアお嬢様。レオ様が急に走り出して、追い付く事ができませんでした……」

「いいのよ。レオ様が走ったら、私達で追う事なんてできないわ」


 しばらくレオを撫でた後、フェルやフェリー達フェンリルと、屋敷から来た使用人さん達が野営している場所に到着する。

 その少し前に、レオを追おうとしていた使用人さんと合流し、クレアに謝っていた。

 どのくらいの勢いでレオが走り出したのかはわからないが、あの大きな体が突然動いたら止めようもないし、追いかけるのも難しいだろうからなぁ。

 クレアの言う通り、使用人さんは悪くない……あんまり急に走り出したりしないよう、レオには言っておこう。


「それで、レオ。なぜかフェルがお腹を出して転んだまま、放っておかれているんだが……?」

「ワフ、ワフワフ」

「躾け? えーっと……?」


 謝る使用人さんと一緒に、テントや焚き火が設置されている野営地へと来ると、その端の方でひっくり返ったままのフェルを発見した。

 仰向けでお腹を見せているのに、かが撫でているわけでもない。

 どうしてかとレオに聞いてみると、躾けをしているんだとか……。


「あ、はい。レオ様やフェリーは村の方で夕食を食べたとの事でしたが、フェル達には私達がご用意させて頂いておりました。その際、フェンやリルルはおとなしく待っていてくれたのですが、フェルが……」

「ワフ! ワウワウ!」

「あー、成る程。それで罰というか、教えているんだな……」

「……まぁ、レオ様がその場にいなくて、美味しそうな匂いがしたから、我慢できなくなっても無理はありませんね」


 詳しい説明を求めて一緒にいる使用人さんを見ると、頷いて説明してくれた。

 さらに追加で、レオからお怒りの言葉……早い話が、準備中の食事を横から食べたとか、つまみ食いしたって事らしい。

 クレアにもレオが言った事を教えると、苦笑いしていた。


 元々、ずっと村の近くでデリアさんを見守っていたとはいえ、野生で生きて来ていたんだから、匂いに我慢できなかったんだろう。

 フェルやリルルがいても、レオとフェリーは村で食べている時なので、この場にいなくて止められなかったのもあるか。

 そして、レオがこちらに来た際に話を聞いて、フェルを叱ったのでひっくり返った状態に……というわけらしい。

 まぁ、我慢とか覚えるのは難しいからな……レオもこちらに来てようやく、ちゃんと我慢できるようになったくらいだし。


「キャウー! キャウー!」

「あら、シェリー。迎えに来てくれたのね、ありがとう」

「キャゥ!」


 フェルの事を聞いて納得していると、今度は別の場所から聞き慣れた声と、小さな影が駆け寄ってクレアにじゃれついた。

 小さな影はシェリーで、フェンやリルルと一緒に、親子水入らずで……みたいな感じでこちらにいるようにしたんだけど、やっぱりクレアが来てくれて嬉しい様子。

 尻尾がブンブン振られているからな。



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