第896話 デリアさんは他にも用があるようでした



「……よっと」


 剣を付き刺したフィリップさんは、倒れ込もうとするアウズフムラを受け止めたりはせず、刺さった剣を手放し、軽く顔を蹴って上に再びジャンプ、アウズフムラの大きな体をやり過ごす。

 勢いが衰えながらも、まだ残っていた勢いでフィリップさんが立っていた場所の後ろにあった木に激突し、枝葉を揺らしながらそのまま力を失って動かなくなった。

 

「っと。まぁ、こんなもんかな?」

「……あんな動き、俺にはできないなぁ。ニコラさん、やっぱりまだまだフィリップさんには敵いそうにないよ」

「まぁ、あれはちょっとした軽業師みたいなやり方なので、あまり気にしない方が良いかと。今回はともかく、一対一の戦闘ではあまり役に立つ動きではありませんよ」

「そうなのかなぁ? いや、変な癖が付いちゃいけないから、あまりあの動きを参考にとかは考えていないけど……」


 シュタッ! と地面に降り立つフィリップさんは、何事もなかったかのように振り向いてアウズフムラの方へと向かう……差し込んだ剣を回収するためだろう。

 それを見ながら、役目の終わった俺は付いた血を払って剣を鞘にしまいながら、ニコラさんと話す。

 確かに、特殊な動きだから真似をしようとは思わないし、条件がそろわないと同じ事はできないだろうけど……やっぱりまだまだ応用的な意味で、フィリップさんには敵いそうにない。

 これも、経験の差なんだろうな。


「タクミさん、大丈夫ですか! 凄かったですね、あのアウズフムラを相手に怯まず、剣を振り抜いて深手を負わせるなんて! さすがタクミさんです!」

「あぁ、デリアさん。特に怪我もないから、大丈夫だよ……っと、あははは、なんとかできたってくらいだし、デリアさんが弱らせてくれていたおかげだから、そこまで褒めなくても……」

「……デリアは、本当に懐いているんだな。俺達も、それなりに頑張ったはずなんだがなぁ……」

「親方、言うだけ野暮ですよ。男親なんて、そんなもんです。親じゃありませんけど」

「そうですよ親方。デリアを取られて悔しいんでしょうけど、諦めましょうや」

「うるせぇ!」


 ニコラさんと話していると、走り込んできたデリアさんが俺を心配してくれてる……んだろうけど、興奮気味に耳や尻尾を動かしながら、次々と褒められた。

 俺がやった事は、デリアさんの手柄を横取りするような事になりはしないかと、ちょっと不安に思ってもいたんだが、この様子なら大丈夫だ。

 ただ、同じ事をニコラさんもしているし、フィリップさんはもっと活躍している……一番活躍したのはデリアさんなんだから、俺を褒めるのもちょっとおかしな気がいて苦笑する。

 そのデリアさんの後ろからは、同じくアウズフムラを追っていた親方を始め、木こりさん達が集まり始め、それぞれに俺達を見て話しているけど、内容を聞いてさらに苦笑しかできない状況になった。

 ……楽しそうだなぁ。



「親方ぁ! ちょっと、ちょっとだけ休憩しませんか!?」

「そうですよ! アウズフムラだけならまだしも、オークまでいるんですから!」

「うるせぇ、黙って運べ! って、俺も運んでいるんだから、甘えるんじゃねぇ!」


 しばらく後、アウズフムラから剣を回収して絶命している事を確認したフィリップさんや、オークを確認していた木こりさん達とも合流。

 狩りが成功した後は、村まで運ばなきゃいけないため、来た道を戻りながら重そうなアウズフムラやオークを引きずりながら、口々に言い合う木こりさん達。

 まぁ、喧嘩とか言い合いというよりも、重いから適当な事を言って気を紛らわせている、という感じだな。

 ちなみにオークに巻き付いていたサーペントもいたんだけど、そちらも止めを刺したうえで、オークの体に巻き付いたままにして、一緒に運んでいる。

 ちょっと、引きずっていて途中でサーペントの体がちぎれてしまわないか心配だ。


「えーっと、あっちは手伝わなくていいのかな?」

「いいんです。狩りで活躍した人は、運ぶのは免除されますから」

「うーん、それは聞いたけど……俺達って、最後だけしか役に立っていないし、活躍は親方さん達の方がしていたんじゃないかな?」

「止めを刺しましたから、問題ありません」


 デリアさんはもとより、俺やフィリップさん、ニコラさんも手ぶらで歩いているんだが、魔物を運ぶのを手伝おうとしたら、狩りに貢献した人は運ばなくてもいいという、ちょっとした決まりがあるらしい。

 人出が少なくてどうしても、という時はその限りではないらしいけど、アウズフムラを追い詰めたデリアさんと、止めを刺した俺達は免除された。

 重そうに引きずっているから、手伝った方がいいのかとも思うんだけど……うーん、止めを刺せたのは弱っていたのも大きいと思うけどなぁ。

 あまり言っても水掛け論というか、親方さん達も聞き入れそうにないので、おとなしくデリアさんの言う通り任せる事にしよう。


「あ、親方。私はもう一つ用があるから、先に村へ戻っててね」

「あれか、わかった。魔物はいなさそうだが、一応気を付けてな! デリアなら、魔物が出て来ても大丈夫だろうがな」

「うん、大丈夫!」


 森の入り口付近まで戻ったあたりで、デリアさんが親方に声をかけた。

 どうやらまだ何かやる事があるようで、親方もその事は承知している様子だけど……?


「デリアさん、何か他にもあるの?」

「村長のために、薬草を探すんです。薬草を磨り潰した物を布に付けて、痛めた腰に貼れば治りが早くなる薬草があるんですけど……この辺りに生えているんです。狩りに行くついでにって頼まれました」

「へぇ~、そんな薬草が……ふむ、薬草ねぇ……」


 大きなアウズフムラや、オークを引きづって行く親方さん達を見送って、デリアさんに聞いてみると、何やら薬草を探すらしい。

 磨り潰して布に付けて、腰に貼る……湿布みたいな物かな?


「ここは、タクミの出番じゃないか?」

「そうですね。ですけど、タクミ殿がどう判断するかでしょう」

「まぁ、そうか」

「ん?」


 俺と同じくこの場に残った、フィリップさんとニコラさんが、何やら話している様子……大体内容は想像できるけど。

 そんな二人を見て、デリアさんは首を傾げていた――。



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