第895話 狩りの最後を引き受けました



 獣人だからこその身体能力に加えて、魔法の気配もするから獣人特有の身体強化もされているんだろう。

 俺やフィリップさん、ニコラさんが協力したらアウズフムラを狩る事も不可能じゃないだろうけど、さすがにここまで楽にというか、着実に追い詰める事はできそうにない。

 あれで訓練されていないんだから、さすが獣人と言うしかないな。

 見学するためについて来たけど、何もしていないから、デリアさんに余裕があれば……。


「デリアさーん! こっちこっちー!」

「タクミさん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だから遠慮せずー!」

「まぁ、最後くらいは役に立っておこうか」

「某達の事もただの来客ではなく、戦えると印象付けておいた方が、良からぬ事を考える者も減るでしょう」


 逃げるアウズフムラに対し、最後の追い込みをしているデリアさんに大きな声で叫びながら、抜き身の剣を見せてアピール。

 俺の意図に気付いたのか、追いかけながらもこちらを心配するデリアさん……あれだけ走り回っているのに、息一つ切らせていないのはさすがだ。

 ともあれ、大丈夫だと示すように掲げた剣を振りながら叫ぶ。

 フィリップさんとニコラさんは、溜め息を吐くような仕方なさそうに話しているけど、剣を握っている二人の雰囲気はやる気に満ちていた。


 多分、二人共戦いたかったんだろうなぁ……普段好戦的というわけではないはずだけど、村への道中は何もなかったし、ここらでちょっとストレス解消もしてもらわないとな。

 見張りとか、魔物を警戒するだけで実際に何もないってのは、フラストレーション溜まってそうだから。


「ニコラとタクミは左右から、俺が正面から……でいいな?」

「承知」

「いいけど、正面で突進を受ける事になるけど大丈夫?」

「なに、もうオーク程の勢いもないから大丈夫だ。それに、ニコラとタクミはそちらの方が戦い方に合っているだろ?」

「えーと……あぁ、まぁそうか」


 デリアさんが軽く後ろからアウズフムラを切りつけたりして、方向を変えさせている中、フィリップの指示でとどめの刺し方を決める。

 すぐに頷いたニコラさんとは別に、正面からまともに突進を受ける事になるフィリップさんに聞いたが、大丈夫らしい。

 俺とニコラさんは、刀を扱う鍛錬をしているのもあって力で押しとどめるというより、一撃離脱のような戦い方になって来ている。

 だからの采配か……お酒で酔っ払っている印象が強いけど、護衛兵長なだけあってよく見ているんだろうな。


 納得し、ニコラさんと視線を交わしてフィリップさんだけを残して左右に別れる。

 デリアさんや、さらに追いかけ始めた木こりさん達に追い立てられて、俺達のいる方へと向きを変えたアウズフムラ。

 その勢いはフィリップさんの言う通り、オークの突進よりも大分勢いが落ちていた……四足全てに傷を負っているから、痛みだとかでそうなっているんだろう。


「来た来た。タクミ、ニコラ、合わせろよ?」

「当然」

「了解」


 こちらに向かうアウズフムラは、一瞬俺達を見て怯んだ様子だったが、俺が向かって左側、ニコラさんが向かって右側に離れたのを見て、すぐにまた全力で走り始めた……それでもやっぱり勢いがなくなって遅くなっているが。

 デリアさんの脅威はしっかり植え付けられているし、追いかけられている方が人数が多いため、このまま突進した方がいいと思ったのかもしれない。

 真っ直ぐ追い立てられて近付くアウズフムラを見て、俺とニコラさんに指示するフィリップさんが剣を両手で逆手に持って頭上に掲げる。

 短く返事をした後ニコラさんと頷き合い、タイミングを合わせるように視線を交わし、アウズフムラへと剣を構えた。


「来るぞー!」

「タクミさん!」

「応!」

「っ!」


 フィリップさんめがけて、突進するアウズフムラ。

 それを見て声を上げるフィリップさんと、アウズフムラを追って走っているデリアさん。

 ニコラさんと俺が答え、剣を両手で持って力を込める……狙うはアウズフムラの脚、デリアさんが傷を付けた部分をさらに広げる!

 構えは……一番力を込められそうな形で、バッティングをするように構える。


 イメージは低めのボールを打つように、と言っても、ほとんど野球をやった事がないんだけどな。

 ともかく、形はバッティングでも弾き返すとかは考えず、脚を狙って剣筋を通す事を意識した。


「ブモッ! ブモッ!」


 アウズフムラがすぐそこまで来ている。

 散々追われて斬りつけられて、興奮している鳴き声がはっきりと聞こえる。

 俺達が構えているのを見ても、気にせずフィリップさんへ向かって木々を避けながら走るアウズフムラ……いや、散々追い立てられているから、気にする余裕がないのか。

 もう少し……あとひと呼吸分……ここだっ!


「はぁっ!」

「せいっ!」

「ブモー! ブモォ!?」


 ニコラさんと同時、俺達の間を抜けようとしたアウズフムラの前足に向けて、剣を全力で振る。

 バッティングの構えからだからというのもあるだろうが、その後の事を任せられるからこその大振りは、狙い通りアウズフムラの右前脚へ……いや、少しズレたか。

 けど、深く切り込んだ剣は骨にまで達しているのか、硬い感触とはっきりとした手応えを感じると共に、アウズフムラが前に進もうとする力を感じる。

 ここで押し返されたら危険だと、さらに全身に力を込めて振り抜いた!


「ブモーッ!」

「フィリップさん!」

「フィリップ殿!」

「わかってる、二人共よくやったっ! っ……ふんっ!」


 さすがに骨を切断、とまではいかなかったが、剣を振り抜いて深手を負わせる事に成功。

 ニコラさんの方も同じだったようで、構えは違うがしっかり剣を振り抜いていた。

 アウズフムラは悲痛な声を上げながらも、勢いのままフィリップさんへ突進する……が、その脚からは鮮血がほとばしっているので、放っておいても走れなくなるだろうというのがわかる。

 ほとんど足をもつれさせ、顔から前方へ倒れ込むようになっているアウズフムラに対し、フィリップさんは軽く飛びあがり、両手で逆手に持って掲げた剣をアウズフムラの眉間に深々と突き刺した!


「ブ……モ……」


 さすがのアウズフムラも、自身の勢いもあって深く刺さった剣に声を漏らしながら、全身から力が抜けるのが見て取れた――。



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