第885話 ニャックは元々非常食のようでした



 村でニャックのための芋畑は小さく、本来村の中だけで食べられているのなら、生産量が不安だ。

 個人で楽しむ分くらいは買っても問題ないだろうが、屋敷の人達もと考えたら、それなりの量が必要だしな。

 実際ラクトスには売りに来ていたけど、あれ以上に生産できるのかどうか……定期的に仕入れる可能性も考えたら、その辺りの事は聞いておかないといけないな。


「ニャックって、村の中で食べられていたと言っていましたし、実際ニャックのための芋の畑も小さかったんですけど、売る程の余剰分ってできるんですか?」

「それは買う側にとっては気になるだろうな。まぁ、本来ニャックは何処かに売るようなものじゃなく、この村の非常食代わりなんだ。燻製肉も作っているから、それと合わせてなんだがな」

「タクミさん、村の作物が不作だった時に、代わりの物をと考えて作ったのが始まりらしいんです。ニャックの芋は、他の作物が不作でも安定して収穫できるので」

「非常食だったんですね……」


 村として、一個の共同体である以上、もしもの際の備えは必要だ。

 特に食べ物は、日頃から蓄えておかないといざという時に何もない、という事態になりかねない。

 そのため、他の作物より安定して収穫できるニャックのための芋を栽培しているという事だろうし、燻製肉はまた別の備えとしてだと思われる。

 非常食は一つだけより、数種類備えておいた方が色々な事に対処できるから。


「芋自体も、通常より長く保管できるんだが、それでもやっぱり限界があるからな。保存している芋の中で、古い物と新しい物を入れ替えるのは当然必要だ。だが、非常食として考えられているので、味は二の次なんだ」

「つまり、そのまま食べても美味しくない、と」

「ああ。他の芋と同じ使い方をしても、美味い食べ方というのがない。非常時なら味なんて二の次だが、余裕がある時にわざわざ不味い物を食べたいとは思わないからな」

「そこで、どうにかして食べる方法がないかと考えた結果、できたのがニャックなんです。……と、お婆ちゃん達から聞きました」

「俺もデリアと同じだな。その婆さん達も、そのまた上の婆さん達から聞いたって話だ。ま、俺達がうまれるよりもかなり前の事らしい」

「先人の知恵というか、食べ物を無駄にしない考えだったんですね」


 やっぱり、ニャックを作るための芋はコンニャク芋なんだろうな、確かあれってエグ味が強いって聞いた事があるから、美味しくないんだろう。

 ……いや、毒があったからだったような気がするけど、どのみち美味しく食べられないからニャックとして加工したって事か。

 なんにせよ、非常食として保管するにしても限界があるため、ある程度の期間が経ったら無駄にしないよう食べる方法を考えた末にできた物なんだろうな。


「ニャックの作り方は簡単だな。潰して練って、灰を混ぜた水を使えば固まる。後は茹でたりするが、昔はそのまま食べる事もあったらしい。ラクトスへ持って行った時は、あらかじめ茹でてから持って行ったがな」

「灰、ですか?」

「あぁ。俺は詳しく知らないんだが、灰を混ぜた水を使うとあんな風に固まるらしい。これも、昔この村で考えられた方法だ」


 コンニャクってそうやって作られているのか……いや、ここではニャックか。

 まぁ、日本とかでは別の物を使っていそうだが、ここで食べたニャックがなんとなく覚えのある物とは、風味というか味というか、少しだけ違うような気がしたのはそのせいかもしれない。

 コンニャク芋……いやニャック芋そのものが違うのかもしれないけど。

 あと、灰に関しては竈で薪を使うから不足しないし、燻製肉を作る際にも大量に出るから、それこそ使える物は使う先人の知恵なんだろうな。


「でも、ニャックの作り方まで教えていいんですか? 村長さんからは、作る所を見せたりはできないと言われたんですけど……」

「なに、構いやしないさ。村長はタクミ達の事情をしらないから、ただの商人のように見てそう言ったんだろう。作り方を真似て他で作ったり、この村に損をさせる事を考える側の人間じゃないからな」


 まぁ、公爵側の人間と見れば、村に損をさせて公爵家が得をする事は少ないから、カナートさんはそう言ってくれているんだろう。

 治めている領主側は村が得をして、税金や人口が増えた方がいいのは当然だからな……搾取しようと考えて自分達だけが利益を得ようと考えているような、貴族領主なら別だろうけど。


「っと、ニャックに拘わる話だが、そろそろ交渉をしないとな。とは言っても、特に話し合う事は多くないと思うんだが……」

「そうですね。とりあえず、以前買ったニャックはまだ残っていますけど、追加で購入するのは決まっています」

「すると、いくらでいくつ売れるか、だなぁ」


 絶対買わないといけないわけではないけど、屋敷の人達も期待していそうだし、一応買う方向で考えている。

 まぁ、交渉と言ってもお互いの事情を知っているので、腹の探り合いがないのはありがたい。

 村で作るニャックを買っても、それを街に持って行って売るわけでもないしな。

 なんにせよ、村にとっては確実に売れるのだから、損をする事はないはずだ。


「お婆ちゃん達に、もっと多く作ってもらうようお願いした方がいいかな?」

「いや、元々芋の方もあまり多く作っていないからな。今以上に作るようにしても、芋が足りなくなるだけだろう。まぁ、婆さん達に仕事ができると考えれば、それも歓迎なんだがな」

「さすがに、非常食として保管している物も使うわけにもいきませんね……」

「多少なら構わんだろうが、備蓄している物はいざという時の備えだからな。まぁ、後々は畑を広げる事を考えた方がいいかもしれんが、今はできる量での売買を考えた方がいいだろう」


 デリアさんがもっとニャックを作れば? とお婆さん達にお願いする事を提案したけど、カナートさんに却下された。

 備蓄食料を使うと、何のために保存しているかわからなくなるからなぁ……非常食は、非常時のために取っておくべきだ。

 これから定期的に買ったり、ラクトスで販売する事があるとしても、今すぐ作物の量を増やせないのだから、できる範囲で話し合うしかない。

 一瞬、『雑草栽培』を使えばもっと増やせるか? と考えたけど、人の手が入っている物は栽培できないから、ニャック芋を作る事は不可能だろうとすぐに却下した。

 ……畑で働いている人達の仕事を、奪う事にも繋がるからな――。


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