第886話 ニャック交渉っぽい事が始まりました



「そうだなぁ……一応、村長からこの村に残っている芋と、ニャックの数は聞いている。まぁ、各家で保管している物もあるから、それは入っていないがな。そこから出せる量と、値段を付けるなら……」


 カナートさんから示されたニャックの量と値段は、俺が予想していたより多くて安かった。

 ラクトスで売っていた時に、値段も見ていたんだけど……それより安いのは知り合い価格なのと、公爵家が後ろにいるから気を遣ってかなと思ったんだが……。


「いや、公爵家の評判はこの村でも聞こえるくらいだがな。ただ、ラクトスに持って行く時と違って、直にここで買うのならって値段なだけだ」


 カナートさんが訂正してくれて、ニャックの値段が違う理由を教えてくれた。

 そうか……そりゃ、買う場所によって値段が変わってもおかしくないよな。

 ラクトスに持って行くにも、荷馬車を使ってで費用が掛かるし、送料込みとかで考えると特別安くされているわけではないようだ。

 ふむ……ニャックは、以前ラクトスでクレアが買った量の倍は用意できて、値段は一つにつき銅貨二枚か……日本でコンニャクを買うより高いとは思うが、全て手作りな事を考えれば、これでも安い方なんだろう。


 ニャック自体が出回っていないから、他と比べて適正価格を調べる事はできないけど、高過ぎず安過ぎずといったところかな、多分。

 一つの樽に入る数を聞いたり、ラクトスへ運ぶ際の費用を考えて、どれだけ買うかを考える。

 ちなみにラクトスで買った時は、一つ当たり銅貨三枚で樽ごと買ったので、樽の料金含めて大量買いの値引きなどもあったりした。

 樽買いすると、樽の料金が追加されるのは仕方ないけど、その分移し替えたりする手間が省けたり、保存期間が少しだけ長くなる利点もあるから、買うなら樽ごとだな。


「念のために聞きますけど、ニャック一つ当たりの大きさってラクトスで売っていたのと同じ、と考えていいんですよね?」

「あぁ、そこを話していなかったな。ラクトスどころか、外へ売りに出たのが初めてだったから、少し違う。村で作って食べられるニャックは、もう少し大きいな」

「タクミさん、村でのニャックは昨日持ってきましたよ?」

「あぁ、そう言えばそうだったっけ。こうやって交渉っぽい事をすると思ってなかったから、大きさを気にしていなかった……」

「タクミ、これが昨日の残りのニャックだ」

「フィリップさん、ありがとうございます」


 量り売り、という事があるように商品の重さや大きさは重要だし、大きさによって値段が変わるのは、当然の事だからな。

 村でしか作ってないため、規格化はされていないだろうからもしやと思って、念のために確認したけど……ラクトスに持って行った物と、村で本来造られている物とでは大きさが違うらしい。

 確認して良かったと思うと同時に、昨日は燻製肉の方に意識が行っていて、よく見ていなかった事に気付く。

 真剣に交渉するなんて考えていなかったんだから、仕方ないけど……とりあえず、フィリップさんが持って来てくれたニャックの残りを受け取って、大きさの確認。


「比べられないので、はっきりとわかりませんけど……ラクトスで買った物よりも、結構大きい……ですか?」

「あぁ。初めて売るから、あまり大きくてもお試しですら買ってくれる人が少ないかと思ってな。村にある方が大きいニャックになっている」


 ラクトスで売っていたニャックと並べているわけじゃないけど、よく見ると違いがあるように思える。

 確か、買った方のニャックは手の平に収まるくらいの大きさだったと思うから……結構大きいな。

 今ここにあるニャックは、俺の手に乗せてもはみ出すくらいの大きさだから、大体1.5倍程度くらいか……スーパーで見かける板コンニャクと同じくらいの大きさと言えばわかりやすいかな。

 この大きさで、銅貨二枚ならラクトスでのニャックは銅貨一枚と鉄貨五枚くらいか……という事は、輸送料などを考えたら、値段は倍になるって事か。


「成る程……この大きさで、あの金額。樽に入る数も少し変わりますか……」


 ニャックを見つめながら、どうするべきかと考える。

 これは仕入れではなく単純に買って食べる物だから、屋敷での消費量や保存期間も考えないといけないな。

 とは言っても、屋敷の人達はニャックを受け入れるどころかよく食べていたし、消費しきれないと言う事はないだろう。

 まぁ、なくなってもまたブレイユ村から買えると考えたら、クレアみたいに買えるだけ買う程じゃなくても良さそうだ。


「……ん、どうしました?」


 ある程度買う量を決めようとした時、ふと皆から注目されている事に気付いた。

 フィリップさんやニコラさんはそこまででもないけど、カナートさんとデリアさんは少し驚きの混じった表情で俺をジッと見ている。

 すぐに気づきそうなくらい見られているはずなのに、今まで気付かなかったのは、考えに没頭していたからという事で。


「……わりと笑ってのほほんとしている印象だったから、少々驚いてな。いや、失礼な事を言った、すまない。それだけ、真剣に考えてくれているという事だな」

「いえ、失礼という程では。考えに集中し過ぎていて、自分がどんな表情をしているのか気にしていませんでした」

「タクミさん、キリッとして格好良かったですよ!」

「まぁ、俺はランジ村の時に見た事があるから、今更ではあるかな」

「鍛錬をしている時も、似たような表情をしているので、某も同じくですかな」


 のほほんというか、できるだけ相手に悪い印象を与えないよう、にこやかにしているんだけども。

 見る物が新鮮で、楽しく過ごせているのもあるけど……日本にいる時と違って、笑っている事の方が多いのは間違いない。

 周囲に優しい人が多いし、単純にこちらで色々楽しんでいるからだろうな、レオがいるおかげもあるけど。


「まぁ、俺の表情は置いておいて……」

「あ、タクミさん照れてます?」

「んんっ! 置いておいて……」


 自分の表情に注目されているのは、なんとなく気恥ずかしかったので、無理矢理話題を変える。

 尻尾をフリフリしながら、楽しそうにこちらを窺うデリアさんにも、咳払いして強制的に話を戻した……照れ臭いからな――。



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