第876話 いつの間にかお酒を飲んでいました



「あぁ、フィリップ、ニコラ、ここにいた……ってフィリップ、その飲んでいるのってもしかして……?」

「おー、タクミー。一緒に飲むか―?」

「はぁ……すみません、タクミ殿。某が目を話していた隙に、村の老人から受け取っていたようです」


 風呂とかはないので、お湯を使って体を拭こうと思い、部屋を出て居間に降りて来たんだが……そこでは酒盛りをするフィリップさんと、溜め息を吐いているニコラさんがいた。

 フィリップさんが持っているのは、赤い液体の入ったコップ……コップはこの家に置いてあった物で、自由に使っていいと言われた物だけど、その中身と居間に漂う匂いでワインだとわかる。


「このお酒、美味しいなー。舌が痺れるだけじゃなくて、喉の奥まで痺れる感じがたまらん!」

「……見た目はワインだけど、痺れるって事はやっぱり?」

「某も念のため、一舐めしてみましたが……やはりサーペントの毒の効果のようです」

「それ、大丈夫なんだろうか?」

「ワインと一緒に漬けてあるからなのかはわかりませんが、本来持っているサーペントの毒よりも、いくらか薄まってはいるようです。元々、サーペントの毒は全身が痺れる程であっても半日あれば、完全に抜けるので、明日には抜けていると思います」


 酔ったフィリップさんが、舌や喉が痺れるのがいいような事を言っているが、毒というのを聞けば心配になってしまうのが正しいだろう。

 ニコラさんに聞いてみると、既に確認したらしくサーペントの毒が影響しているのは間違いないらしいし。

 とは言っても、全身を痺れさせるだけで元々サーペントの毒はすぐに抜けて、問題なくなるらしいから大丈夫そうではあるけど……。

 ワインで薄まっているとは言っても、毒を自ら進んで飲むのはなぁ……味というよりも、痺れる感覚を楽しむ物だとは思うが、ちょっと真似をする気にはなれない。


 というかそもそも、アルコールと混ざっているのに毒がそのまま、変質もせずに薄まるというのは少し不思議だ……単純に、アルコールの消毒効果が効く成分じゃないのかもしれないが。

 もしかすると、薄まった毒が抜けるのと一緒に、アルコールも抜けるから酔いも醒めやすくて飲まれているのかも? 村の人達は元気そうだったから、健康を害する影響はほぼないと考えてもいいんだろう。


「あ、そうだ。フィリップ……は、今日はもうまともに話せそうにないけど、ニコラにだけは言っておこう」

「フィリップ殿は、使い物になりませんな。して、なんでしょうか?」

「なにをー! 俺は酔っていても使い物になる男だぞー! 使い物にならなくなるような年でもないぞー!」


 使い物にならないと言うのは言い過ぎかもしれないけど、酔っ払っているのがはっきりわかるフィリップさんに何か言っても、今は無駄だろうからな。

 ニコラさんに反論するように、よくわからない事を言っているし……もしかして使い物という部分で、男性としてのこう……下半身的なアピールのつもりなのかもしれないけど。

 ……この場にデリアさんがいなくて良かった。

 デリアさんは食事が終わった後、また明日に村を案内すると言い残して、自宅に戻っている……俺達につきっきりというわけにもいかないし、男三人がいる家に女性一人で止まらせるわけにもいかないからな。


「今日会った村長さんだけど、少し注意しておいた方がいいかもしれない」

「ふむ、村長が何か不穏な事を考えていると?」

「あぁいえ、そういう事じゃないんです。なんというか、人生経験の差なのか……ちょっと怪しまれる、とは違うか。俺達がこの村に来て滞在する目的が、本当の事を言っていないと感じているみたいなんだ。その場はニャックを求めてと、誤魔化しておいたけど……」

「タクミ殿の目的を考えれば、できるだけ事情を知る人は少ない方が、自然な村の営みを見られるかもしれないですからな。わかりました、注意するようにしておきます。フィリップ殿には、明日酔いがさめた時に伝えておきましょう」

「うん、頼んだよ。さて……」

「あー、タクミー! 一緒に飲もうぜー!」


 そのうちバレるかもしれないとしても、それまでにできるだけ自然な村を見ておきたいから、ニコラさんに注意するよう言っておく。

 まぁ、騙しているようで気が引けるけど、その辺りはセバスチャンさんと相談して、完全に嘘を言っているのではなく真実も混ぜて……という方法を取っているから、いずれ説明する事があっても怒られたりはしないと思う……多分。

 ……詐欺の手口に近いので、これはこれで罪悪感があるんだけどな。

 ともあれ、この機会にできるだけ村での生活がどんなものなのか、しっかり見させてもらおうと思う。


 フィリップさんに伝えるのはニコラさんに任せ、竈場へお湯を沸かしに向かおうとする俺の背中に、お酒を一緒にと誘う声が聞こえたけど、それには反応しないようにして居間を離れた。

 反応したら、ズルズルと引き込まれそうだったしな。

 ランジ村の時程の量は飲んでいないし、酷い酔い方もしていないので、ニコラさんが見てくれているからあちらは大丈夫だろう。

 あ、そうだ……。


「ニコラ、この薬草を。もしも何かあったら、フィリップさんに」

「これは……カラビですか。わざわざ今の間で『雑草栽培』を?」

「まぁ、お湯が沸く間手持無沙汰だったから。サーペントの毒の事や解毒用の薬草だって聞いていたし、作り慣れている物だから。村の人達も飲んでいて問題ないらしいし、大丈夫だとは思うけど念のために」


 お湯が沸く間に、聞いていた話から『雑草栽培』を使って薬草を作り、それをニコラさんに渡す。

 竈場は地面が土だし、外からは見られないので『雑草栽培』を使うのに持ってこいの場所だったのもある……広い場所ではないので、多くの薬草を作るには向いていないけど、これくらいはな。

 ちなみにカラビというのは薬草の名前であり、黄色い草を磨り潰して使う物で、ワサビそっくりの形をした茎部分が使われる。

 もちろん、ニコラさんに渡した物は『雑草栽培』で使用できる状態に変化させ、手のひらサイズのお皿に磨り潰された状態の物が載っている。


 黄色い茎の色と、ワサビっぽい茎の状態から名前を混ぜてカラビになったのかな? と思うが、食べても苦いだけで辛みは全く感じない不思議な薬草だ。

 磨り潰したものを濡れば、コカトリスの石化を解く効果があり、飲めばサーペントのような痺れ毒の解毒に使える……ワサビも軽い消毒効果があるらしいから、そちらは少し似ているのかもしれない――。



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