第875話 サーペント酒は飲む気になれませんでしあ



 お爺さんやお婆さん達に囲まれ、口々に質問されたり話しかけられたりの対応は、結構忙しなかった。

 フィリップさんとニコラさんは護衛だし、俺も人が集まってくる状況に慣れていなくて、対応するのに少々疲れてしまった……体力的にではなく、精神的に。

 まぁ、人の多さという意味では、日本の都市部の方がよっぽど多いけど、全員が俺達に意識を向けて注目している状況というのはなかったしな。

 デリアさんが、申し訳なさそうに謝ってくれるが、外から来た人に興味を持って集まって来るとは予想できなかったのだから仕方ない。


 対応に苦慮する俺達をカナートさんが見かねて、お爺さんお婆さんの相手をしてくれて広場から抜け出すようにしてくれたから、助かった。

 あれがなかったら、まだまだ質問攻めされていただろうな。


「まぁでも、色々と食べ物をもらったから助かったかな。ちょっと量が多いけど」

「そうだな。どこかで買えないかと考えていたが、その必要はなさそうだ。量はまぁ、男三人だからなんとかなるだろ」

「村の方達が作った作物ばかりです。ありがたく頂きましょう」

「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、若い人にいっぱい食べさせるのが趣味なんです。私もよく、食べ物をもらっています」


 若いから沢山食べるだろうと、大量の食べ物をもらってしまったのはありがたく頂く事にして、さすがに趣味という事はない……と思うが、はっきりと否定できなかったりもする。

 作物だけでなく、デリアさんや木こりさん達が狩ってきたオークの肉……既に捌かれている物で、ブロック状の塊になっている物ももらったりした。

 量も多いから、滞在中は食料に困る事はなさそうだ。


「食べる物ならいいんだけど、さすがにお酒はちょっと困ったかな……」

「もらっておけば良かったと思うんだけどなぁ……? いや、確かにあの見た目はちょっと怖かったが」

「フィリップ殿はお酒が飲みたいだけでしょうに。某も、あの見た目は躊躇しますな」

「あのお酒、本当にお爺さん達が喜んで飲んでいるの? デリアさん」

「はい。私も初めて見た時は怖かった……というか、幼かったので泣き出しましたけど、今ではもう慣れました」

「確かにあれは、子供が泣き出してもおかしくないね。ティルラちゃんやリーザには、見せたくないなぁ」


 食材以外にも、作られたニャックや燻製肉などもあったのだが、それはともかくとして、お爺さんの何人かが「いける口か?」と聞きながら、瓶に入ったお酒を持って来ていた。

 その中身はワインだったんだけど、それだけではなく中でぶつ切りにされた蛇……おそらくサーペントが漬けられていた。

 蛇酒って、蒸留酒とかのアルコール度数が高い物に、蛇を丸ごと漬けてという話を聞いた事はあるけど、まさかワインに漬けているとは……赤ワインだったため、サーペントが血の海に沈んでいる様子に見えて、中々の見た目だった。

 中には、サーペントの顔が丸々入っているのもあって、光を失った目が見開かれていたので、幼い頃のデリアさんが泣いてしまうのも無理はないだろう。


 その時に聞いた話によると、サーペントは全身に毒袋が行き渡っているらしく、洗ってぶつ切りにして漬け込み、数日するだけでお爺さん達好みの痺れる蛇酒になるらしい。

 やっぱり、サーペントの毒で痺れているんじゃないだろうか? さすがに、挑戦する気にはなれなかったな……フィリップさんは、ちょっと飲みたそうだったけど。


「あのー……タクミさん?」

「ん? どうしたんだい、デリアさん?」


 サーペント漬けのワインを思い出してしまっていると、おずおずと何かを言いたそうな様子のデリアさん。

 どうしたんだろう?


「その、ご迷惑でなければ、夕食も一緒にしてよろしいでしょうか?」

「あぁ、そんな事なら全然構わないよ。皆で食べる方が、美味しく食べられるからね」

「そうそう。それに、男ばかりよりも女性がいた方が、華やかだ」

「あ、ありがとうございます!」


 デリアさんの希望は、昼食のように皆で一緒に食べる事だった。

 家では一人らしいから、もしかしたら寂しかったのかもしれない……いや、村の人達に頼めば一緒に食べてくれるだろうけど、慣れ親しんでいるから頼みにくいとかかもしれないな。

 フィリップさんの言う事はともかく、一緒に食べる人は多いのも楽しいから大歓迎だし、デリアさんが望むなら滞在する間はずっと、一緒に食事をするようにしてもいいと思う。

 申し訳なさそうにしていたデリアさんは、許可が出ると輝くような笑顔になって、勢いよく頭を下げた。


「……俺の声は、耳に入っていないようだな。タクミも、随分懐かれたなぁ」

「フィリップ殿は、余計な事を付け加えたと思っただけなのではないですか?……まぁ、某から見ても、リーザ様を思い出すくらいは、懐いているように見えます」

「中々、クレアお嬢様は難しい状況だな……」


 嬉しそうに尻尾振って、耳をピョコピョコと動かすデリアさんを微笑ましく思いながら、フィリップさん達が小声で話している……全部聞こえているんだけどなぁ。

 デリアさんは、レオやリーザのように懐かれているのは確かだと思うけど、なんとなく二人が話している方向ではない気がしている。

 本人から聞いたわけではないけど、飼い主に懐いているようなそんな雰囲気だ……いや、飼い主じゃないし、そう考えるのはデリアさんに失礼だろうけど。

 何はともあれ、デリアさんも含めて四人で食卓を囲む事に決まり、それぞれ準備を始めた。

 俺は完全に日が落ちて暗くなる前に、井戸から水を汲んでくる役目だな、力仕事になるけど頑張ろう――。



「はぁ……食べた食べた。デリアさんって料理上手いんだなぁ……一人で暮らしているから、自炊しているおかげか。俺とは大違いだな」 


 夕食を食べた後、部屋に戻ってちょっと食べ過ぎたお腹をさすりながら独り言。

 今日の夕食は当番だったニコラさんと一緒に、デリアさんが手伝ってくれた。

 時間がなかったのが一番の理由だが、自炊をほとんどしていない俺とは違って、デリアさんの料理は美味しかった……生真面目なニコラさんが、調味料をきっちり計って使おうとするのに対し、目分量で調理しても美味しい物ができていたから。

 料理に慣れている証拠だろうな――。


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