第874話 村のお爺さんお婆さんに囲まれました



「では、しばらくブレイユ村に滞在しますので、よろしくお願いします」

「うむ。まぁ、大した村でもないからの、ゆっくりすごすのが良いじゃろう。――デリア、頼んだぞ?」

「はい。タクミさん達の案内とか、村の事は任せて下さい!」


 デリアさんの持って来てくれたお茶を飲みながら、少しだけ雑談をした後、改めて挨拶をして村長さんとの面会を終える。

 結局、デリアさんがいる間は鋭い目で見たり、俺を窺う様子はなかったな……多分、デリアさんの前では甘々な好々爺になっておきたいんだろう。


「……ワシも、そろそろ年かのう? 何か特別なものを感じたのじゃが……結局それが何かわからんかった。勘が鈍ったかの? 息子に村長の座を譲るのを、考えねばの……」


 会釈をして、部屋から出る俺について来るデリアさん、部屋の扉を閉じる直前に何やら村長さんが呟いた気がするけど、よく聞こえなかった。

 まぁ、俺達に向けてじゃない感じだったから、気にしなくてもいいだろう――。



「あ、どうも。ありがとうございます」

「いいんじゃよ、遠慮なんかせんでも。この村に若いのが来るのは、ちょいと珍しいからのう」


 村長さんの家を出て、フィリップさんやニコラさん、カナートさんとも合流した俺達は、見計らっていたのか村のお爺さんお婆さん達に連れられて、村の中心にある広場で囲まれていた。

 お爺さんの一人から、畑で取れたらしい籠に入れた作物を受け取り、お礼を言う。

 遠慮というか、お裾分けされるのに慣れていないからなんだけど、お爺さんにはそう見えたらしい……とりあえずお礼は欠かさず言っておくのを忘れない。


 広場は、井戸がある他にも長机のようなテーブルがあったり、椅子があったりで普段から村の人達が談笑したり、憩いの場として使われている様子が見られる。

 ランジ村では、主にレオと子供達が遊んでいたけど、ここではお爺さんやお婆さんが過ごしている事が多いようだ。


「デリアちゃんが、若い男を連れてきたって、村中でもう噂になっているのよ。そろそろ年頃だからねぇ……」

「ちょっとお婆ちゃん、変な事言わないでよ。それに噂なんて……確かに狭い村だから、ちょっとした事が広まるのは早いし、タクミさんの事は皆にカナートおじさんが報せたけど……」

「ははは、俺はラクトスにデリアさんが来た時、助けられたのでそのお礼に来ただけですよ。ついでに、ちょっと初めて見る村も、見ておこうかと思いまして……」


 刺激的な話題が少ないからなのか、村ではすでに俺達の事が知れ渡っており、カナートさんが皆に報せなくても良かったんじゃないかと思うくらいだ。

 まぁ、その中でも俺がデリアさんと……という話題が多いみたいだけど、こういう話に関心が強いのはどこの世界でも同じなのかもなぁ……。


「この村に来るのは、物を売りに来る商人ばかりだからねぇ……後は、定期的に木材や作物を買い付けに来る、馴染みの人間ばかりだ」

「馴染みの人間は昔からで、年が行ったのが多いし、物を売りに来る商人だって、若いのは少ないんだよ。タクミ、だっけ? みたいに若いのが外から来るのはほんとに珍しくてねぇ」

「ははは、そうなんですね」


 物を売りに来る商人と言うのは、行商人とかだろうか? 多分、ラクトスの大通りで露店を開いている商人とか、品物が余ったからこちらに来たとか……あとは、街からあまり離れていないから、寄ってみて少しでも商品が売れたら、という商人だろう。

 馴染みのというのは、木材や作物を仕入れる業者とかかな。

 ずっと取引があって、その人達とやり取りしているうえに、お互い年を取って若い人が珍しくなったという事だと思う。

 しかし……やっぱりニャックのように、村で作られている独特な品物を買い付けに来る、という人はいないみたいだな。


 ニャックはそもそも、外に売り出すための物じゃなかったみたいだから、村の人達も商人へ売り込んだりしなかったというのもあるかもしれないが……多分、ラクトスが近くにあるからかもしれないな。

 ラクトスは人の出入りが激しく交易が盛んなため、珍しい物が集まりやすく買い求めやすいし、売れやすい。

 だからわざわざ近くの村に、他にはない商品を求めようとは中々考えないんだろう。

 あと、ニャック自体は単品では味気ない物だし、ダイエットに使えるかどうかなんて、知っている人はほとんどいなさそうだし。


「どうしたんだい? 急に真面目な顔になって……あら、キリッとした顔をするといい男ね?」

「おい婆さん、若いのが逃げ出しちまうようなしわくちゃな顔をして、何言ってるんだ」

「失礼ね! 私だって五十歳若ければ、タクミだって見惚れるくらいの美女だったんだからね!」

「昔から村にいて知っているが、そんな頃があったかのう?」

「あんただって、女に袖にされて泣きべそかいてたじゃないさ!」

「あははは……まぁまぁ……」


 お爺さんやお婆さんと話している最中なのに、思考が逸れてあれこれ考えてしまっていた。

 いけないな、今は村の人達と会話をする事に集中しないと……俺の悪い癖だ。

 ともあれ、五十年かぁ……確かに、近くにいるお婆さんは五十歳若ければ、俺と同じくらいの年頃かな? という感じだけど、そもそも五十年前だと俺は生まれていないし、この世界に来ていない。

 ともあれ、昔からよく知っている仲だからだろう、お爺さんとお婆さんが丁々発止のやり取りをしているのに苦笑して、言い合いを止める。


 周囲にいる他のお爺さんやお婆さん達は、また始まった……くらいの感じで見ているだけなので、何も問題はないしよくある事なんだろうけど、目の前で言い合いされるのはちょっとな。

 あと、本気の喧嘩でもないのにあんなやり取り、初めて見た……いや、昔のドラマで見た事があるくらいかな?


「はぁ……少し疲れたな」

「そうですな。某は、あまり人に囲まれる機会がありませんから」

「俺もそうだけど……いつもはレオに集まるからなぁ。子供が多いけど」

「すみません。お爺ちゃんやお婆ちゃん達が、あんなに集まるとは思っていませんでした。多分、村のほとんどのお爺ちゃんとお婆ちゃんが集まっていたと思います」


 日か落ち始める事、ようやくお爺さんお婆さんに囲まれた包囲網みたいなのから抜け出し、滞在する家に戻って一息吐けた――。



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