第823話 スリッパは検討してもらえるようでした



「えっと、簡素な靴……と言えばいいんでしょうか。履いたり脱いだりするのが簡単な物を作って、屋内ではそれを使うんです」

「ですが、それですと今のように靴を履いているのとあまり変わらないのではないですか? いえ、多少は利便性が向上するようではありますが……」

「確かに利便性というのもありますね」


 今はいている靴は、ブーツのような物が多いから、脱ぐのも履くのも少し手間取ってしまう事がある。

 その点スリッパなら、足に引っ掛けるくらいでいいから楽になって利便性が向上するだろう……もちろん、俺が考えているそのままの物ができるとまでは考えていないけど。


「一番の利点は、床が綺麗になります」

「床が、ですかな?」

「はい。スリッパは屋内のみで履くものなので、外には履いて出ません。なので、土などの汚れは当然つきませんから。そうする事で、家の床を綺麗に保って掃除が楽になります。脱ぎ履きが楽になるうえ、足への締め付けもなくなるので、より体を休めやすくなるんじゃないかと」


 一応、この屋敷にも外からは行って来る際に、靴の裏側を拭いて……とかはあるけどそれは絶対じゃない。

 それに、簡単に拭くだけだから汚れが全て取れるわけじゃないし、それに伴って床もそれなりに汚れてしまう……レオが、外から戻って来た時に足を拭いていなかった時のように、掃除をする使用人さんが大変だったりもしたからな。

 それに、足への締め付けが緩くなるおかげでリラックスもできるし、スリッパへ履き替える事で靴の裏を拭く手間も省ける。

 拭くための布もいらなくなるが……そこは、代わりにスリッパを作ったりするから、大きな利点にはなりえないか。


「ふむふむ……どこかで聞いた事があるような気がしますが、悪くはなさそうですな」

「そうね。使用人達の掃除が楽になるのなら、考える余地はありそうね?」

「はい。ですが、どこで聞いたのでしたか……いけませんな、年を取ると記憶が定かではない事が多いようです」

「セバスチャンさんは、十分色んな事を知っていると思いますけど……」


 スリッパとか、土足厳禁とかをどこかで聞いたのかもしれないと思うが、セバスチャンさんは思い出そうと難しい表情をしている。

 セバスチャンさんは年齢に拘わらず、他に多くの知識を披露してくれるから、思い出せなくても年のせいだとかは感じさせないけどなぁ。

 とりあえず、クレアの方には好意的に受け止めてもらっているようだ……まぁ、手間が省けると考えれば、考える余地はありそうだし、広く色んな場所でというよりもこれから作る家で実行するだけだから、そこまで問題も多くなさそうだ。

 ……靴箱だとか、履き替える場所の用意は必要だろうけど。


「後ほど、詳しく調べる事に致します。タクミ様には、またその……スリッパ、でしたかな? それの事も聞く事にしましょう」

「はい。まぁ、スリッパ自体はそう難しい物じゃない、と思うのですぐにできると思います」


 もしできなければ草履……とか頭に浮かんだけど、あっちは編む必要があるからそれなら靴でいいじゃないかとなるから却下だな。

 スリッパは、簡単なもので端切れとかでも作れるから、なんとかなるだろうしな。

 型紙のような物を作って、それを布で覆えばできる……なんてのは、適当に考えてしまっている俺の勝手な考えだが、そう難しい物じゃないと思うから、大丈夫なはず。

 というか、靴や服の縫製の応用でできるはずだから、スリッパ自体は問題ないだろう。


「まぁ、あとはレオやシェリーが入る時、ちゃんと足を拭くようにすれば床は清潔に保てると思います。……結局、拭く手間がかかってしまいますが」

「それくらいなら、問題ないと思いますよ。レオ様もそうですが、シェリーも言えばちゃんと足を拭かせてくれますからね。人間が履いている靴を綺麗にするよりも、むしろ楽になるかと」

「ははは、嫌がらないのは助かるね」


 以前のレオは、ご機嫌斜めの時は足の裏……肉球の辺りを触らせてくれなかったり嫌がったりしていたからなぁ。

 こそばゆいからとかもあるんだろうけど、敏感な部分だから慣れないとそうなるのも仕方ないか。

 こういう時、はっきりと意思疎通ができるのはありがたい……足を拭ける事で意思疎通のありがたさを実感というのも、妙かもしれないけど。


 その後は、さらに部屋の配置なんかをある程度決めて、スリッパを置く場所だったり、脱いだ靴をどうするかという話をして、会議らしき話し合いを終えた。

 部屋の配置やスリッパを置く場所はともかく、脱いだ靴を置く場所は少しだけ話し込んでしまった。

 まぁ、改めて靴箱を家の出入り口に設置するのは、ちょっとだけ手間だろうから。

 さすがにそのまま置きっぱなしにするわけにもいかないし、とりあえず棚を作るにしても、それ用の場所を作るにしても、もう少し建物自体が作られてからとなった。


 まだ、スリッパがどうなるのかも確定していないし、実際土足厳禁にするかも検討段階だからな、仕方ない。

 最低でも、俺の部屋くらいは靴を脱いで過ごせるようにしようと思った会議だった――。



「あ、ライラさん。ゲルダさんは今……って、向こうにいましたね」

「タクミ様、話し合いは終わられたので?」

「はい。今回はとりあえず部屋の配置なんかを決めるだけだったので、あまり話し込むほどではありませんでした」


 話し合いの内容は、セバスチャンさんや他の執事さん達がまとめるらしいので、そちらに任せて裏庭に出る。

 ランジ村での事が本格的に動き始めたので、早いうちにゲルダさんを誘っておかないとと思って、ライラさんに聞こうとしたが、声をかけている途中で走り回っているレオの背中に乗っているのを発見した。

 いつもなら、ゲルダさんはライラさんと一緒に見守るだけで、リーザがレオに乗っている事が多いのに、なんでだろうと思っていたら……ティルラちゃんやリーザ、シェリーがレオの前を走っていたので鍛錬が開始されていたからだろう。

 リーザは、一緒に走るのが楽しいからレオには乗らずに走っているんだと思われる……ゲルダさんが乗っているのは、ペース配分の管理のためかな、多分――。



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