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第780話 クレアもカナートさんも反省していました
第780話 クレアもカナートさんも反省していました
カナートさん、クレアの名前や顔を見ても特に驚いた様子はなく、訝し気にデリアさんを見ている。
まぁ、写真とかないから、顔とかは会ってないと覚えられないのも当然だな。
公爵家のご令嬢といっても、ここに来ると想像していなければ、名前を聞いただけですぐにピンと来たりしなくてもおかしくないだろう。
一応、領民はそこを収めている領主である貴族の事を、知る努力をする必要があるとかなんとか、義務に近い形であるらしいけど、自分の店に来る事を想像していなかったら、カナートさんと似たような反応になるものなのかもしれない。
ラクトスではクレアを見かけて、顔をそれなりに知られていても、他の場所から来た人だと難しいし、それを周囲に知らせたり何かのトラブルが起こらないように、セバスチャンさんなどの使用人さんと、フィリップさん達のような護衛さんが一緒に行動するわけだしな。
今回は、クレアさんがセバスチャンさん達を置いて走り出したから、周囲に知らせるなんてできないだろうし、まさか公爵家のお嬢様が男の手を引っ張って、走り込んで来たりするなんて考えていないだろう。
「カナートおじさん、ちょっとこっちに!」
「お、おい! なんだってんだデリア!? 俺ぁまだ村のニャックを売らなきゃ……!」
「行ってしまいましたね。これは、もうしばらく食べられそうにありませんね」
「そうだね。時にクレア」
「どうしました、タクミさん?」
「ニャックは別に、食べたらすぐに痩せるとか、そういう物ではなくて……」
クレアの事を説明するためだろう、デリアさんはカナートさんを引っ張って少し離れた場所に連れて行った。
その間に、残念そうなクレアにニャックのダイエット効果について、もう少しちゃんと説明しておこうと思う。
後ろから、レオやリーザ達……はまぁ、大丈夫だろうけど、急に走り出した事を怒っていそうな、セバスチャンさん達が駆け付けて来ているしな。
「だから、ニャックを食べるだけじゃなく、継続していかなきゃ……」
「クレアお嬢様、急に走られては私達や護衛の意味がなくなってしまいます……」
「はい……ちょっと興奮し過ぎました……そうだったのですね、ニャックを食べたから痩せるわけではなく、痩せるための方法の一つなだけと……」
ニャックの説明と、追いついたセバスチャンさんによる注意で、いつもは落ち着いているクレア自身も取り乱した事を恥じているように、小さくなっている……感情に任せて動いてしまったのに気付いて、恥ずかしいのもあるんだろうな。
まぁ、セバスチャンさんからの注意よりも、ニャックの方に関心が行っているようだけども……これも、自分の気持ちに正直に、と言った効果なのかもしれない。
トラブルとかがなければ、こういうクレアも面白くていいと思うんだけど、トラブルが起きない保証なんてないからなぁ。
「あ、レオ、樽に入っているニャックは売り物だから、勝手に食べちゃダメだぞー」
鼻先を近付けて、樽の中の匂いを嗅いでいるレオが食べてしまわないよう、注意するのも忘れない。
どんな物かと匂いを嗅いでいるだけで、レオの好物ではないし、食べるつもりはもともとないんだろうけど、一応な。
そうして、周囲の注目をなんとなく集めながら、それぞれの説明をする事数分――。
「失礼な言動、申し訳ございませんでした!!」
「申し訳ございません!」
「いえ、気にしなくていいのよ。いきなり駆けて来た私が悪いのだし……」
全力で頭を下げるカナートさんとデリアさんの姿が、クレアの前にあった。
公爵家のご令嬢と知って、慌てたんだろうなぁ。
謝罪を受けているクレアの方は、本当に気にしていない様子……というより、ニャックの事で取り乱したり、セバスチャンさんに注意を受けてしまい、平静を取り戻すのに精一杯という感じだ。
「それにしても、まさかデリアがクレア様を連れて来るとはな……」
「いやカナートおじさん、私が連れて来たとも言えるけど、元々クレア様達はニャックの事を知っているようだったよ?」
「そうなのか? この辺りじゃあ、ヴレイユ村でしか作ってなくて、外にもあまり広まっていないと思ったんだがなぁ。作り方は難しくないから、他で作っている所があるのか。だが、街の人達は知らない人達ばかりで、珍しい物好きが買ってくれるくらいだったんだが……」
「まぁ、ちょっと色んな所を旅している人から聞きまして。その人から、色んな人が行き交うラクトスなら売っているだろうと言われて、知っていただけです。ヴレイユ村で作っているとは、知りませんでした」
デリアさんが来るかもしれない、というのは話を聞いていても、まさか公爵家のご令嬢を連れて来るとは夢にも思わなかったろうから、カナートさんの驚きももっともだ。
ともあれ、ヴレイユ村から来ているカナートさんと、デリアさんはお互い仲良さそうに話しているので、デリアさんは可愛がられて育てられたんだろうというのが、なんとなく見て取れた。
親代わりというか、村全体で面倒を見ていたんだろうなと思う。
ちなみにこの後、レオを見たカナートさんが驚き、シルバーフェンリルだと紹介して硬直し、リーザを見て涙を流していた……デリアさん程、話せないくらい緊張しなくて良かったと思う。
リーザを見た時に涙を流したのは、デリアさんに獣人の仲間を見つけられた事を喜んだからだそうだ――。
「デリアはニャックが好きだからな。好きなだけ持って行ってくれ」
「そう言われても、私にも食べられる限界があるから……お爺ちゃんやお婆ちゃんみたいよ?」
ちょっとした騒動の後、落ち着いてからデリアさんにカナートさんが樽ごとニャックを渡そうとしている。
偏見かもしれないが、デリアさんが言っているのは、田舎でよくある若い人にひたすら何かを食べさせようとする、風習のようにも感じるあれだろうか?
昔は食べる物が少なかったから、食べられる時に食べさせようと、孫とかに大量の料理を作って食べさせたりとか……可愛がってもらえている証拠だし、気持ちは嬉しいんだけど、食べられる限界以上に出されるから困る、と以前知り合いから愚痴を言われた覚えがある。
俺も近所でよくお世話になった、ご老人方にお菓子をいっぱい出された事もあったっけな……遠慮して、あまり食べてなかったけど――。
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