第779話 クレアがニャックを売っている店に駆け出しました



「ニャックって、美味しいんですかね?」

「どうなんだろ、リーザわかんないや……ママ、どうなの?」

「ワウ? ワウゥ……ワフ」

「いや、レオは食べた事があるぞ? ニャックはこんにゃくだ……ほら、あの弾力がある……」

「ワフ! ワウワウ……」

「ママは、あんまり美味しくないって言ってるね?」

「まぁ、好みによるかな。俺は嫌いじゃないけど……」


 味の方には興味が出たティルラちゃんが、シェリーと一緒に首を傾げる……シンクロしているなぁ。

 リーザは当然ニャックを食べた事がなく、レオに聞いているけど、そのレオはなんの事かわからず食べた事がないと答えたようだが、日本にいる時に俺が食べているのに興味を持ったので、食べさせた事があったはず。

 こんにゃくだと教えて、あの弾力のある食感も伝えると思い出した様子だけど、あまり美味しくは感じなかったようだ。

 まぁ、元が芋だしマルチーズだった頃のレオにとっては、好物がソーセージや肉類に向いていたから、そういう感想なのかもな……俺も、そこまで好んで食べていなかったしなぁ。

 嫌いじゃないし、食べ方によっては美味しいんだけど、やっぱりあの頃はカロリー多目の物を摂らないと体がもたなかったから。


「デリアさんに聞いた場所は……あちらですね。あの屋台で売っているようです」

「あそこね!」


 ニャックが売っている場所をデリアさんに聞いて、ライラさんの案内で街中を移動。

 クレアが前のめり過ぎる気がするけど、とりあえず今はそのままにしておこう……後で、こんにゃくダイエットの方法でも教えて、食べただけでなく継続しないといけないと伝えようと思う。

 ライラさんが示した場所は、ラクトスの屋台が多く集まっている大通り、その端の方にポツンと他の屋台から少しだけ離れて設置されている露店だった。

 ラクトスは、人の行き来が多い場所というのは何度も聞いた事だが、行き交う商人や街の外から持って来た物を売るために、あぁいった露店や屋台が設置されており、使用料を街に払う事で一時的に借りて商売ができるのだとか。


 定住している人もそこで商売をしたり、街に寄った人が持ち込んだ品物を売って稼ごうとするらしく、いつも賑わっている。

 珍しい物を持ち込んで売る人も、それなりにいるみたいで、それを目的に街を訪れて見た事のない物を探す人も、ここ数年で増えたとかも聞いたかな。

 おかげで、トフーやニャックのような物だけでなく、うどんもどきとか焼きそばもどきの作り方が伝わって、商売になったりもしているみたいだ。

 まぁ、その分珍しい物だとか人の多さを狙ってなのか、さっきデリアさんが捕まえた泥棒や、ニックを利用して俺達に絡んだような人間も入ってきて、治安が不安定ではあるんだが、最近は少しマシになったようでもある。


「えっと……あぁ、確かにあのお店ですね。村のおじさんがお店をやっています」

「タクミさん、行きましょう!」

「え、あ、うん……」

「クレアお嬢様、お待ち下さい……!」

「姉様、凄い勢いです……」

「ママー、私達も行こう?」

「ワフ」

「キャゥー」


 離れた場所からだけど、デリアさんが確認してお店をやっている主人を確認……よくここから見えるなぁ。

 村の人がやっているみたいで、あそこがニャックを売っている店だと確定した途端、クレアが俺の手を引っ張って走り出した。

 ……どれだけ、楽しみにしていたんだろう?

 後ろからは、急に走り出したクレアを追うように、セバスチャンさんが声をかけつつ、皆が思い思いに追いかけて来ていた。


「すみません、ここにあるのはニャックでいいのですよね!?」

「お、おう。なんだ嬢ちゃん、ニャックに興味があるのか? こいつぁな、俺達の村で作った特別製だから、美味いぜ?」

「おぉ、水の中に確かに見た事のあるこんにゃく、いやニャックが……これ、全部そのまま食べられるんですか?」

「まぁな。一度火にかけてあるから、そのまま食べられるぞ。何かの料理に使う場合は、もう一度火にかけた方がいいかもしれんが」

「あぁ、一度茹でてあるんですね」


 俺を引っ張ったまま、クレアが店の店主と見られるオジサンに声をかける。

 クレアの勢いに一瞬押されかけたおじさんだが、客だとわかってすぐに自信のある表情を見せた。

 オジサンとクレアや俺の間には、ワイン樽にも使われるような、一抱えするくらいの大きさの木の樽が置かれている。

 中には並々と水が入っていて、その中を覗けば見覚えのあるプルプルした白に近い灰色の物体が浸かっていた。

 さすがに生ではなかったみたいけど……覚えがあるこんにゃくよりも白っぽく見えるのは、素材か作り方が関係しているのかもしれないな。


「トフーの方が真っ白でしたけど、これもプルプルしているのね……」

「弾力はこっちの方があるけど、確かにどっちもプルプルしているかな。あっちは噛まなくていいくらい、口に入れただけで崩れるけど、こっちは噛みごたえもそれなりにあると思うよ」

「おう兄ちゃん、ニャックの事を知ってんのか?」

「カナートおじさん、兄ちゃんじゃなくてタクミ様よ。それとこちらは、クレア様だから失礼のないようにね?」


 ニャックの入っている樽を、クレアと覗き込みながら話していると、店主のおじさんから話しかけられる。

 まぁ、知っているって事でいいのかな……この世界で見たのは初めてだけど、こんにゃくとほぼ同じ物なのは間違いなさそうだし。

 頷いて、おじさんに答えようと思ったら、後ろからデリアさんの声で注意が入る。

 ふむ、このおじさんはカナートって言うんだな。


「お? デリアじゃないか。こんなところでどうしたんだ? そういやぁ、デリアがこの街に来るって話を聞いたか……しかし、耳も尻尾も隠してなくていいのか?」

「耳や尻尾は、この街じゃ隠さなくてもいいみたいなの。そうじゃなくて、カナートおじさん、この人達に失礼のないように!」

「あん?」

「申し訳ありません、クレア様。カナートおじさんはクレア様の事をよくわかっていないようで……いくら村から出る機会が少なくても、本来は知らなければいけない事なのに」

「気にしていませんよ。顔は……直接会っていなければわからないでしょうし、名前だけで判断するのも難しいわ」



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