第768話 男の子に勘違いされました



「やい! お前はなんなんだ!」

「ん?」

「これ! すみません、すみません!」


 デリアさんとティルラちゃんを眺めていたら、急に後ろから叫び声……子供の声?

 どうしたのかと振り返ってみると、リーザより少し大きいくらいの男の子が一人、木の枝を持って俺を威嚇するようにしながら、こちらを睨んでいた。

 ついでに、その男の子の母親と見られる女性が、必死に謝っている。

 うーん……先程ティルラちゃんやレオから聞いた話だと、この男の子が突っかかっていた子かな?


「母ちゃん、ちょっと離れてて! おいお前! その子から離れろよ!」

「その子って……リーザの事か?」

「私?」

「そうだ! おじさんが女の子を攫おうとしてるんだろ! そんなの許さないぞ!」

「えーっと……」

「こら、止めなさい! 本当にすみません、息子が……」


 男の子は、自分を抑えようとしている母親に怒った後、枝を振り回しながら叫ぶ。

 移動する際に俺がリーザを抱き上げていたのだが、それを見た男の子はリーザが攫われると思ったのか……というかおじさんって……まだそんな年じゃないはずなのになぁ。

 男の子からするとそう見えるのかもしれないけど、できればお兄さんと呼んで欲しい……俺を睨む男の子の様子を見るに、望みは薄そうだ。

 母親の方は恐縮しきりで、なんども頭を下げて謝っている。

 ……クレアとセバスチャンさんがこちらを見て笑っているのは、俺がおじさんと呼ばれた事に対してだろうか? それとも変な勘違いをされたからだろうか……?


「パパはリーザの事を攫ったりしないよ! パパ、優しいもん!」

「え……パパ……?」

「まぁ、そういう事だ。攫ったりしないし、リーザが嫌がる事はしないよ?」


 俺がどうしようかと考えていると、リーザが俺を庇うように男の子を怒る。

 そこで初めて、俺とリーザの関係に気付いたようで、男の子がしまった! という顔になった……リーザを気にするあまりの早とちりなんだろうけど、このままだとちょっとかわいそうかな? と思ってしゃがみ、視線を合わせて言い聞かせるようにリーザをどうにかするわけではないと説明。

 まぁ、今は遊ぶために隠していない尻尾がリーザにあるのに、俺にはないから、見た目だけでは関係性がよくわからなかったのかもしれない。


「ワフ! ワーウー」

「ちょ……ま……ぎゃははははは!!」

「レオ?」

「ワフワフ」

「そっか、ありがとな」


 自分が勘違いした事がわかって、顔を真っ赤にした男の子に対し、どうしようかなと思うまでもなく、レオがズイッと進み出て、前足……というか爪の先で器用に男の子をくすぐり始めた。

 うーむ、脇や横腹、首筋などを絶妙にくすぐっているな……鋭い爪なのに絶妙な力加減……さすがシルバーフェンリルだ。

 レオに声をかけると、男の事をくすぐりながらこのままだと気まずい空気になりそうだったから、と言うように鳴いた。

 そこまで気遣いができるレオは、ある意味凄い……だが、少し手加減してやらないと、男の子が呼吸困難になりかけているからな? さすがに、そこまでの加減は難しかったようだ。



 しばらく後、デリアさんの紹介も終わって男の子や子供達を解散させ、クレア達と一緒に急遽外で昼食を取り、カレスさんの店を離れる。

 男の子には、もう少し落ち着いて早とちりしないようにしないと、女の子の気は引けないぞ? なんてわかったような事を言っておいた。

 俺自身、女性の扱いがよくわかっていないのに偉そうな事を……なんて、昼食中にちょっと後悔したが。

 ともあれ、リーザの気を引こうとするなら、せめて感情に任せてレオに突っかかったり、早とちりしないようにしないとな……いや、リーザとというのはまだまだ早いだろうけど。


 デリアさんは、俺だけでなくクレア達と昼食を取るのに対し、遠慮や恐縮していたけど、結局リーザが首を傾げながら「一緒に食べた方が楽しいよ?」という言葉にやられ、大通りの屋台で買って来てもらった料理を一緒に食べた。

 さすがリーザだ、男女関係なく一瞬でその可愛さの虜にしてしまう……というのはまぁ、置いておいて。

 店の近くにある空き地での昼食だったんだが、通りがかる人から見られて少々恥ずかしかったのはここだけの話。

 クレアやティルラちゃん、リーザは気にしておらず、大物の風格を漂わせていたし、レオやシェリーはそもそも食べる時に人目を気にしないし、デリアさんはそれどころではなかったので、気にしていたのは俺だけらしい……せめてカフェみたいな場所が良かった。


「孤児院、ですか?」

「そう。面談の時にも話したけど、孤児院の人達も雇おうと思っているから、その話をするためにね。まぁ、レオやリーザも連れて行くのは、孤児院の子供達と遊んでもらうためだけど」

「ワウ~」


 カレスさんの店から孤児院へ向かって歩きながら、デリアさんに目的を説明。

 そのデリアさんは、尻尾を揺らして後ろを歩くリーザの誘導をするように歩いているので、この分なら問題なく仲良くなってくれそうだ。

 尻尾をしまっていた時は危なっかしい歩き方だったのに、その面影は一切ない……やっぱりゲルダさんとは違うのか。

 移動前に、リーザと仲良くなるのなら一緒にレオへ乗ったらと言ったんだが、さすがにそれは畏れ多いと辞退した。

 そのレオは、孤児院の子供達とも遊べるとあって機嫌が良さそうにしている。


「キャウ……」

「もう、シェリー? いつまで拗ねているの?」

「シェリー、孤児院にはいっぱい友達がいるんですよー。そっちなら、楽しく遊べますよ!」

「キュゥ……キュウキュゥ」


 ティルラちゃんに抱かれているシェリーは、溜め息を吐くように鳴く。

 クレアは困った様子を見せながらも、苦笑しているからシェリーが拗ねるのも仕方ないと思っているようだ。

 そのシェリー、なぜ拗ねているかは子供達と遊んだ事に原因がある、と言うと少々大袈裟かな。

 子供達の好奇心というのは計り知れないものがある……前回カレスさんの店に行った時は、レオが表にいてシェリーは店の中にいたために問題はなかったんだが、今回は最初からリーザやレオと一緒にいた。


 そのため、子供達の興味がシェリーに向いた事で、もみくちゃにされてしまったらしい。

 まぁ、前回初めてレオを見て飛びつく子供達の姿を見ているから、どうなったのかはある程度想像がつくが……ともかく、子供達が群がって色々されたせいで、今もまだご機嫌斜めのようだ――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る