第769話 事件はデリアさんが片付けてくれました



 ご機嫌斜めなシェリーは、おそらく毛を引っ張られたりもしたんだろう……一度シェリーが威嚇するように吠えようとしたとリーザが言っていたけど、それをレオが止めておとなしくするように言いつけられて、されるがままになった。

 災難だったシェリーは、その時の事が原因でお腹いっぱいになっても、ティルラちゃんに抱かれたりクレアに声をかけられても拗ねたまま……というわけだ。

 子供達が解散になった時のシェリー、全身の毛がくしゃくしゃになってたからなぁ……。


 途中からは、レオに突っかかる男の子がいてそちらに注意が引かれたり、カレスさんが店員さんに指示して、ある程度子供達をまとめたみたいだけど。

 シェリーが子供に対してトラウマになってなきゃいいけど……とは思うものの、以前孤児院に来た時はレオと一緒に遊んでいたし、店に集まった子供達より数が少ないはずなので、大丈夫だろうと思う、多分。


「それにしても、フェンリルの子供までいるなんて思っていませんでした……」


 クレアやティルラちゃんの方を見ながら、呟くデリアさん。

 一応、食事の際にシェリーの事はデリアさんに説明しているんだけど、やっぱりフェンリルの子供を連れているというのは驚く事らしい。

 ついでに、親フェンリル達の事も伝えておいたんだけど、デリアさんにとってはあまりフェンリルに引っかかる部分はなかったようだ。

 拾われるきっかけに関係はしていそうだが、俺達がフェン達と会った場所と、デリアさんが拾われた場所、さらに村のある場所が離れているため、おそらく関係がないだろうと言っていた。

 俺達がフェン達と会った場所は、屋敷から西に行ってさらに森の奥へ向かった先……デリアさんの村は屋敷の東にあるラクトスのさらに東……森の中を通ると考えたら、確かにかなり離れている。


 はぐれたフェンリルなのか、それとも別の群れなのかはわからないが、拾われてから二十年以上経っているので、さらに関係性が薄れていそうだしな。

 それに、デリアさん自身気にならないと言ったら嘘になると前置きをしつつも、村の人達に良くしてもらっているので、自分の過去よりも働いて恩返しをしたいと言っていた。

 それなら村で働いた方が……と思うが、レオに会う事や村の外も知っておいた方がいいと考えて、という事らしい。

 ちなみに、デリアさんは拾われてから二十二年……一応二十二歳という事だ……年上だった!


「働いていれば、年上の部下を持つ事だって珍しくないけど……やっぱりまだ慣れないなぁ……」

「どうしましたか、タクミ様?」

「いや、なんでもないよ」


 年が離れているという程ではないけど、やっぱり年上相手にため口というのは気になってしまう。

 とはいえ、働いていればそういう事だってあるだろうし、面談に来た人たちは俺より年上に見える人だっていっぱいいた。

 ニックも見た感じ年上だろうし、ある程度慣れないとなぁなんて考えながら呟くと、横を歩くデリアさんに不思議な顔をされた。

 とりあえず誤魔化して、孤児院でアンナさんと話す事を考えようとしていたら……。


「おいこら! 待て!」

「うん?」

「どうしたんでしょう?」

「ワフ?」

「何かあったのでしょうか?」


 歩いている先で、何やら大きな叫び声。

 デリアさんやレオ、クレアも俺と同じく疑問を感じて声のした方へと目を向ける。

 ラクトスの大通り、人の往来が一番多い場所で、そこかしこに屋台が立っていたり店が開かれていたりして賑やかな場所なんだが、さすがにあんな叫び声が聞こえたのは初めてだ。

 視線を向けた先では、屋台の主人と思われる男性が別の男性を追いかけているのが見えた。

 追いかけられている方の男性は、ここからではよく見えないけど、何か物を持っているような……。


「泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!」


 ……泥棒……万引きか? 追いかけている男性は、商品を盗んで逃げ出した男性を追いかけている……というところか。

 その二人はこちらに向かって走ってくる。


「クレアお嬢様、ティルラお嬢様、お下がりください」

「ワフ!」


 こちらに向かっている男性は、通りがかる人達を押しのけたりしているが、見た所刃物は持っていないようだが、危険と判断したのだろう、フィリップさんとニコラさんが前に出た。

 セバスチャンさんやライラさんはその後ろへ、クレアとティルラちゃんはさらに後ろに下がって、他の護衛さん達が俺やリーザも含めて囲む、という形だ。

 うん、頼もしい……と思っていたら、初めてラクトスに来た時に絡まれたのと同じように、レオがズイッと前に出た。

 レオがなんとかするつもりなのかな? と思ったさらに次の瞬間……。


「任せて下さい!」

「え、デリアさん!?」


 俺の横にいたデリアさんが叫び、そちらを見た瞬間に視界からいなくなる。

 あれ……? と思っていたら、こちらに向かって来る二人の男性の方へと駆け出していた。


「邪魔だ、どけっ!」

「どきません! 人の物を盗むのは最低です! ニャッ!」

「ぐぅ!」


 近付いて来るデリアさんに気付いたのか、叫んで威嚇する男性だが、デリアさんの方も男性に叫びながら駆け寄ったかと思ったら、急停止しながらくるりと体を反転。

 俺達の方に体を向けた時には、男性の腕をからめとっており、そのまま向こうが走る勢いと一緒に投げて地面に放り投げた。

 綺麗な一本背負いだなぁ……と思ったけど、最後に腕を離して投げつけているので、ちょっと違うか。

 とりあえず、犬っぽい声を漏らす事が多かったデリアさんだけど、投げる時は猫っぽい声を出していたようで、なんとなく安心してしまった。

 いかんいかん、すぐ近くで騒ぎが起きているんだから、こんな事で安心している場合じゃないな。


「ぐ……うぅ……」

「悪い事をした報いです。貴方が盗もうとした物を作るのに、どれだけ皆が苦労しているか……」

「デリアさん、大丈夫ですか!?」

「ワウ!」

「急に飛び出して……驚きました……」

「キャゥ、キャゥ!」

「デリアさん、すごいです!」

「お姉ちゃん格好良い!」


 地面に投げ出された男性は背中を強く打ち付けたようで、かろうじてくぐもった声を出しているのに対し、デリアさんは見下ろしながら、当然の報いとばかりに説教らしき言葉を突き付けている。

 追いかけていたはずの男性の方は、急な乱入者にポカンとしている。

 とりあえずただ見ているわけにもいかないと、皆で駆け寄りそれぞれが声をかける。

 シェリーやティルラちゃん、リーザはデリアさんの活躍に興奮しているようだが、あまり危ない事はしないように後で言っておこう――。



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