第746話 面接会場で準備を始めました



 ソルダンさんの部屋を出て、執事さんに手伝ってもらって書類を運びながらの移動中、ふとライラさんに声をかけるソルダンさん。

 何やら知り合いの様子で移動中に聞いた話によると、ソルダンさんは数カ月に一度、仕事の合間を縫って孤児院の様子を見に行ったりしていたらしい。

 その際に子供達の名前を覚えたり、顔見知りになったりしているそうだ……あと、クレアさんが屋敷で雇う事を決める際には、孤児院だけでなく今回の俺と同じように、この建物を利用する事もあったらしい。

 ちなみに、孤児院に行った時にエッケンハルトさんの素晴らしさを布教するために、止まらなくなる事があるらしいが、その時には子供達の間で突っ込み係と呼ばれる役目があり、ライラさんが担当していたので、特によく覚えていたとの事だ。


 子供達に突っ込まれて……というのを嬉しそうに話すソルダンさんは、むしろわかっていてやっている節がありそうだなと思った。

 ともかく、孤児院の様子を気にかけたり、子供達にも親しまれているようで、悪い人ではない事は間違いないんだろうな。

 あと、最近特にソルダンさんが忙しい理由の一つが、俺とレオの事だったようだ。

 そりゃ、街に最強と言われるシルバーフェンリルが来たり、エッケンハルトさんを伴って悪質な薬を売る店を潰したり、スラムを牛耳るディームを捕まえたりなんてしていたから、処理しなきゃいけない事も多くなるか……。


 仕事を増やしてすみません、ソルダンさん。

 本人は、公爵閣下から賜った仕事と考えています……なんて、むしろ喜んで仕事にまい進する勢いだったけど……過労には気を付けて下さいね?



「タクミ様はこちらに。あちらの扉から入って来ますので、よく見ていて下さいませ」

「はい、わかりました。……結構、いい椅子なんですね」

「雇う側の者が、粗末な椅子に座っていると侮られますからな。まぁ、机があるのであまり見えませんが……」


 会議室と呼ばれる部屋に入り、細々とした準備を進める……と言っても、何をしたらいいのかわからないので、俺はおとなしくセバスチャンさんの指示に従っているだけで、執事さん達が動いているのを眺めるくらいだが。

 俺が座る椅子は、肘置きも付いている大きめの椅子で、ゆったりと座れる。

 セバスチャンさんの言っているように、椅子の前には真ん中から手を広げても端まで届かないくらい大きな執務机が置かれており、他からは椅子がどうなっているのかよく見えない。

 まぁ、それでも上等な椅子に座るというのは、見栄というか見せかけだけでも必要な事なんだろう。


 対して、集まった人達が座る椅子は背もたれがあるくらいで、簡素な作りとなっている木の折り畳み式の椅子だ。

 簡素な椅子として、パイプ椅子が真っ先に思い浮かんだが、さすがにないようだ。

 同じ椅子が並べられ、全て座る俺の方に向いているため、ここ集まった人が座ったら壮観だろうなぁ……なんて思うと共に、その全員が俺に注目するんだとも考えて、にわかに緊張感が増してきた。

 ちなみに、よく面接でイメージする面接官数人対希望者一人の形ではなく、俺を面接官にして集まった人達全員を座らせるという、集団面接のような形になるらしい。

 俺一人でできるだろうかと思ったけど、セバスチャンさんや屋敷の執事さんが付いてくれるらしい、良かった。


「タクミ様、こちらをお使いください」

「……またリスト、ですか?」

「はい。先程集まった方々の確認を終えたようで、今回面談をする人達のリストとなります」


 椅子に座って、緊張感が高まったせいで妙な座り心地の悪さを感じていると、セバスチャンさんが机に書類を置いた。

 その書類には、人の名前や簡単な略歴が書いてあり、今日集まった人達の最終リストになっているみたいだ。

 執事さんの一人が、今のうちに確認してリスト化してくれたんだろう、ありがとうございます


「事前に貰っていたリストより、人の数が少ないんですね?」

「ラクトスだけでなく、周辺地域で募集しておりましたが、今日までに来れない方もいるようですな。やはり、移動に時間がかかるのでこういった事も多いのです」

「そうですか……ふむふむ……」


 セバスチャンさんと話しながら、リストに目を通す。

 全員が馬を用意できるわけではないし、移動に時間がかかったり、何かの事情があってこれなくなった人もいるんだろう。

 セバスチャンさんも、俺と話しながら何かを考えているようだが、以前話した駅馬について考えているのかもしれない……まだ企画にすらなっていないけど、あれがあれば少しくらいなら離れた場所からでも、移動して来る事ができるからな。


「さすがに暗記はできませんね……この番号が振ってあるのはなんでしょう?」

「そちらのリストを見ながら面談をすればよろしいかと。番号は、集まった者達の一人一人を呼ぶ際に使います。今回の面談のために集まり、受付をする際に番号が与えられているので、面談中はそちらで呼ぶのです」

「名前では呼ばないんですか?」

「名前で呼んでしまうと、その者が優遇されたようにも感じられたり、逆に咎められているように感じる者もいますからな。そういった者はいないようには気を付けていますが、諍いを起こさないための方策とお考え下さい」

「わかりました」


 ふむ、そういう事も考えられるんだな。

 個人面接だと、履歴書に名前だけでなく色々な事を書いて渡してあるから、名前が呼ばれるのはないわけじゃないけど、集団だと気を遣う事が多いのかもしれない。

 とにかく、それがこの世界での面接の仕方なら、それに従った方がいいだろう。

 リストに書かれている人達の名前や番号を確認しながら、セバスチャンさんと話して面接するための準備を進める……んだけど、その中で気にしないようにしていてもやっぱり気になる部屋の隅……。


「……ソルダンさんは、いつもあんな感じなんでしょうか?」

「何度も見たわけではありませんが、そうですな。ちなみにタクミ様、先程代表部屋で話した時のソルダンは、まだあれでも押さえていた方なのですよ?」

「え、そうなんですか?」

「はい。前もって、面談の用意をお願いしましたが、その際にあまり多く話している時間がないと伝えてあります。まぁ、それでも初めて会ったタクミ様に、先程のように話していたようですが……」



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