第745話 ソルダンさんは落ち着けば問題ない人のようでした



「ライラさん?」

「畏まりました……ソルダンさん、正気に戻って下さい!」

「ほぐっ!」

「えぇ……?」


 セバスチャンさんから紹介されたりしているあいだも、ひたすらに意味があるようなないような話を続けるソルダンさん。

 目配せをしつつ呼びかけると、スッと進み出たライラさんが平手でソルダンさんの頭をスパーン! とはたいた……うん、いい音だ。

 というか、漫才か何かだろうか……? エッケンハルトさんもそうだけど、この世界でそれなりの地位についている人達って、どうしてこう何かツッコミ待ちなところがあるのか……。

 ……ユートさんが作った国だからとか、エッケンハルトさんの治める領内だから、で説明がつきそうな気がするので考えるのを止めた。

 無駄に偉そうだったり、他人を見下したりしていない分、馴染みやすくはあるけどな。


「ソルダンさん、少々落ち着いて下さいませ」

「おぉう……申し訳ありません、タクミ様。セバスチャンさんやライラも。少々、興奮してしまいましたな……」

「まぁ、あれだけ会いたいと嘆願していたタクミ様が来られたので、興奮してしまう気持ちはわからなくもありませんが……」

「え、そんな嘆願があったんですか?」


 初耳ですよセバスチャンさん? まさか、ソルダンさんの方から俺に会いたいと考えていたなんて……。


「まぁ、用がなければ来ない場所にいるのですから、自分で来れない以上、タクミ様に申し上げる必要はなさそうでしたから。御覧の通り、ソルダンさんは日頃この場を離れられないので……」

「あー……そうみたいですね……」


 部屋には、応接室も兼ねられているようで、来客用の椅子や机などがあったが、ここ最近ではあまり使われていないんだろう。

 ソルダンさんが使っていると思われる執務机の上だけでなく、他の椅子や机にもうずたかく積まれた書類が置かれていた。

 一日であの書類を処理するのなんて無理そうだし……忙しくて休む暇もないんだろうなぁ……処理してたら、さらに追加で書類が、なんて事もありそうだ。


「公爵閣下が気に入られたお方、さらにこの街でも活躍されております。お噂では、シルバーフェンリルを従えているとも聞きますし、一度お会いしておかねばと考えていたのですけど……見ての通り私が離れるわけにはいかなので……」

「これだけの紙束を見せられれば、納得しますよ。でも、他に補助してくれる人とかはいないんですか?」


 全部の書類に目を通して処理して……なんて一人でやっていたら、いくら時間があっても足りないだろう。

 代表という事は専属の執事さんとか、それこそ秘書のような役割の人がいてもおかしくないと思う。


「補助が必要になる事はありません。ここにある書類は全て、他の者が目を通して既に私も内容を把握しているものばかりですから。ほとんどが、許可印などを押すだけの作業です。……毎日腕の痛みを堪えながらの仕事になりますなぁ……」

「それはまた……大変でしょうね……」


 一日中書類と向き合う事は俺も仕事で経験した事があるけど、書く事が多かったりすると腕が疲れるんだよなぁ……特に記入する事はなく、許可印だけならまだマシなのかもしれないけど。

 ソルダンさんには、腱鞘炎にならないよう気を付けてもらいたい。


「ソルダンさん、今日はそのような話をしに来たわけではありませんよ?」

「おぉ、これは失礼しました。本日は、会議室をお使いになられるとかで……大規模に人を雇うための面談とか?」

「はい。大規模と言えるかはわかりませんが、実際に雇う人を直に見て決めたいと考えています」

「さすが、公爵閣下が気に入るお方……自分の部下になる者達も、しっかり見定めるのですな」

「……ソルダンは、少々旦那様に傾倒している節がありましてな。旦那様が白と言えば、黒くとも白と信じるくらいです」

「それはまた……」


 なんというか、エッケンハルトさんを盲目に信奉するとか、そんな感じだろうか? やたら公爵閣下と言っているのはそういう訳か。

 悪い人じゃないんだろうし、何かを企むわけじゃないから話すのは構わないけど、あまり親しくなり過ぎないように気を付けないと……。

 エッケンハルトさんに、俺が失礼な言動をしているとか知られたら、怒られそうだしな。

 でも、エッケンハルトさん……俺だけじゃなくニックの事も気に入っていたし、結構色んな人をすぐに気に入るように思うんだけど。


「ソルダンさん、会場の準備は?」

「全てではありませんが、滞りなく進んでおりますよ。今は、集った者達の受付をしている段階です。あとは……人数が確認できれば、その者達用の椅子などを並べるくらいかと」

「そうですか。では、そちらに移動しましょう。タクミ様に、段取りの説明などもしておかないといけないでしょうから」

「はい、お願いします」

「あのー……タクミ様? 申し訳ありませんが、私もその場にいてもいいでしょうか? いえ、ちょっとした興味なのですが、どのように面談をなさるのか見ておきたいのです……」

「えーっと……?」

「構いません。口出しをするような方ならともかく、ソルダンなら大丈夫でしょう。ですが……仕事の方が溜まっているようですが、よろしいのですかな?」

「もちろん、書類も一緒に持って行きますとも。ただ確認するだけの書類を片付けながら、様子を見させてもらいますよ」

「では、一緒に参りましょう」


 ソルダンさんも、面接する時に見学者として同席する事に決まった。

 まぁ、最初のようなマシンガントークで、ひたすらつらつらと話す状態ならともかく、今は問題なく普通に話せているから、黙って見ていてくれるんだろう……中々難儀な人だ。

 街の代表者が、部屋の隅で仕事をしているのを尻目に、人を集めて面接をするというのもどうなのか? と思わなくもないけど、問題がなければ構わない。

 集まった人達は気になるだろうけどな……。


「ライラ、クレアお嬢様のおられる屋敷では、何事もなく過ごせていますか?」

「はい。今はタクミ様のお世話を仰せつかっておりますが、楽しく過ごさせて頂いています。それに、この度タクミ様より正式に抜擢されましたので、後々はタクミ様直下となります」

「おぉ、そうでしたか。それは出世ですね。公爵閣下に気に入られ、シルバーフェンリルを従える方に仕えられるのは、名誉な事です」

「はい。身に余る光栄だと胸に刻み、タクミ様が健やかに過ごされるよう、務める所存です」


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