第744話 異世界の役所感はあまりなさそうな雰囲気でした



「前回、タクミ様が仕立て屋で帽子を買った後、売れると感じたハルトンが、街にある各店に声をかけたらしいのです。そして、皆で協力してとにかく数を用意した……という報告が来ております。質に関してはタクミ様が買った物より劣るので、その分価格も安くなっているようですが……」

「まぁ、急ごしらえで数を用意すると、質が落ちるのは当然とも言えるでしょうけど……そこで価格を落として誰でも買えるようにしたのは、ハルトンさんの商才なんでしょうね」

「常日頃、何が売れるのかを模索しているようですからな。丁度良いきっかけだったのでしょう」

「私は、あの帽子がかわいらしくていいと思いますけど」


 時間があるならともかく、急いで用意したんだから質が落ちるのも当然だ……帽子の質っていうのも、俺にはよくわからないけど……綻びやすいとか破れやすい素材とかだろうか?

 ともかく、俺がリーザの期待する目に抗えずに帽子を被った事で、街にこんな影響をもたらすなんて考えもしなかった。

 ハルトンさんの商才が優れているのもあるだろうが、思っていた以上に目立つレオも含めて、街の人達に注目されているようだ……はぁ……。

 ライラさんは、耳付き帽子を可愛いと思っているようで、ポツリと漏らしていたけど……それは女性やリーザのように可愛い子供が被るからなんだよなぁ。

 俺やセバスチャンさんもそうだけど、男が被っても可愛い事なんて……街の人達には受け入れられているようなので、俺の感性がおかしいのかもしれないが……。


「なにはともあれ、中に入りましょう。予定の時間に遅れますからな」

「はい、そうですね……」


 入り口で話していて、面接の時間に遅れてしまったらいけないからと、セバスチャンさんに促されて建物の中に入る。

 そういえば、さっきの女性も時間がと言っていたけれど、何か他にも時間が限られた催しでもあるんだろうか?

 いや、役所と考えたらいつまでに手続きを……というのがあるんだろうし、そのあたりかな。



「タクミ様、まずはこちらへ……」

「代表室……ですか?」


 建物……役所の中は作りこそ違うが、雰囲気は日本の役所と似ているように感じた。

 住民登録はこちらという案内があったり、給金税のご相談は……などなど、手続きをする場所が別れていて、それぞれの場所で職員さんが対応しているようだ。

 チラッと覗いてみたが、カウンターのような仕切りの内側に職員さんがいて、デスクがあったりとか、手続きのために用紙に必要事項を記入していたり、順番待ちをしている人がいたりとか……建物の内装や中にいる人達の服装こそ違うけど、ほとんどやっている事は日本の役所と変わりがなさそうだった。

 まぁ、人が集まってあれこれ管理するとなると、似たような事になるのは仕方がないのかもしれない……これも、効率化された結果だろう。


 そんな役所内部の廊下を通り、階段を上がり、最上階の五階に来てセバスチャンさんに示されたのは、少し大きめの扉の上に、大きく代表室と書かれている場所。

 もちろん書かれている文字は日本語ではないが、問題なく読めた。


「こちらに、この街を管理している者が常駐しております。いわば、ラクトスで一番偉い人物になりますな。旦那様より正式に、ラクトスの管理を任さているという事でもあります」

「成る程」


 街を管理という事は、代官とか街の長とか、そういう立場の人だと考えていいようだ。

 代表なので、こういった執務室が宛がわれているんだろうと思う。

 そういえば、俺はまだこの街のお偉いさんと会った事がなかったな……衛兵さんとは何度も話しているし、顔も覚えられているけど。


「では……」


 セバスチャンさんが俺に頷いて、扉をノックする。

 中から男性の声で入室を許可する声が聞こえ、扉を開けて部屋へと入る俺達。


「失礼します」

「セバスチャン殿、ようこそおいでくださいました! そちらが、タクミ様ですな? 公爵閣下もお気に入りと噂の! あ、もう遅れました、私ソルダンと申す者でございます。タクミ様の事はセバスチャン殿や街の者から聞き及んでおります。あ、公爵閣下にもご挨拶ができなかった事まことに残念でございま……」

「ソルダンさん、もう少し落ち着いて下さい。タクミ様が驚いております。それに、ソルダンさんが街の管理で忙しいのは、旦那様もご存じでおられますので、挨拶ができなくとも仕方ないと仰っておりました。ともあれ……タクミ様?」

「あ、はい。えっと、タクミです。よろしくお願い……」

「おぉ、公爵閣下はなんと慈悲深い方でしょうか! 私のような者を忙しいからと、挨拶ができなくとも慮って下さるとは! 本来であれば、私が自ら赴きご挨拶せねばならない所を、なんと……! あ、申し訳ございません、タクミ様。。街で起こった数々の問題を解決して頂いたタクミ様には、なんとお礼を申し上げれば良いか……」

「……このように、話し始めると止まらないのです。日頃忙しいのは本当なのですが、その反動で人と話す事に飢えているのかもしれませんな……」

「はぁ……」


 セバスチャンさんに付いて部屋に入ると、中で立って待っていた男性……ソルダンという細身の人が、細い目をさらに細めながら手を広げ、熱烈に歓迎してくれる。

 歓迎されるのは嬉しいんだが、このソルダンさん、息もつかさぬマシンガントークで、こちらが話しかける余裕がない……こういう人、時折いるよなぁ……話が止まらないオジサンとかオバサンとか……。

 なんて考えてどうしようかと様子を窺っていると、セバスチャンさんが喋るのを遮って、俺に促してくれた。

 ようやく自己紹介ができる……と思ったのも束の間、今度は名乗って頭を下げようとした俺を遮って、再びマシンガンのように話し始めるソルダンさん。


 このうえなく、わかりやすい紹介でした……セバスチャンさん。

 でも、人と話すのに飢えているだけでなく、単純に話し始めたら止まらない人なんだと思います……。

 本人は喜んで歓迎してくれるつもりなんだろうけど、面接前になんだか疲れてしまう人と対面してしまったなぁ……一応、街の偉い人だからと緊張していたのに、その必要はなかったようだ――。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る