第737話 ティルラちゃんは寂しさを我慢できないようでした



「それで、どうしたんだいティルラちゃん。こんな時間に?」

「すみません、タクミさん……ふふふ、リーザちゃんの尻尾は気持ちいいですねー」

「にゃふふ、ちょっとくすぐったいよティルラお姉ちゃん」


 ベッドから椅子に移動して座り、リーザとティルラちゃんにはベッドに腰かけるように勧めながら、部屋まで来た理由を聞く。

 遅くに来た事を申し訳なく思いながらも、抱き着いたままのリーザの尻尾を触って和んでいるから、緊急の何かがあったわけじゃないんだろうな。


「ワフ?」

「あぁ、すみません。レオ様、タクミさん」

「いや、大丈夫だよ。それで、どうしたのかな? もう寝ているんだと思っていたけど……」


 レオが首を傾げると、リーザにばかり意識が行っていた事を謝るティルラちゃん。

 俺からの疑問も、リーザの尻尾に夢中になって一瞬で忘れてしまっていたようだ……あの尻尾はレオとはまた違った触り心地だから、一瞬で虜になるのも当然だな。

 屋敷の使用人さんも、許可を取って触らせて欲しいと言って来るくらいだからなぁ……今のところ、一番人気はレオの毛らしいけど。


「えっと……その……笑いません?」

「んー、それは内容を聞いてみないとわからないなぁ」

「うぅ……ここまで来てしまったので、話さないわけにはいきませんけど、恥ずかしいです……」

「パパ、ティルラお姉ちゃんをイジメちゃ駄目!」

「ははは、イジメているわけじゃないよ。――わかった、それじゃあ笑わないと約束するから、言ってごらん?」

「……姉様にも、内緒にしてくださいますか?」

「うーん……大変な事とか、言わなきゃいけない事だったら、ちょっと難しいと思うけど……大丈夫、できるだけ内緒にすると約束するよ」


 言いにくそうにするティルラちゃんは、恥ずかしそうに顔を俯かせてしまった。

 内容がわからないから、笑わないと約束するのは難しいかなぁ……と思っていたら、イジメていると勘違いしたリーザに怒られてしまった……ほっぺを膨らませたリーザも可愛いなぁ。

 おっと、俺もリーザに和んでいたらいけないな……誤魔化すようにリーザへ笑いかけながら、ティルラちゃんに笑わないと約束。

 ついでに、クレア達にもできるだけ話さない事も約束した……まぁ、本当に大変な事が起こっていたら、セバスチャンさんやクレアと相談する必要があるだろうけど、この様子ならそこまでの事では無さそうだしな。


「その……ラーレがいないので、なんとなく寂しくて……。姉様に言ったら笑われたり叱られそうでしたから、レオ様やリーザちゃんのいるここに来ました……」

「ははぁ……成る程ねぇ。でもティルラちゃん、いつもラーレは外で、ティルラちゃんは屋敷の中で寝ているでしょ? 確かに近くにラーレはいないけど、いつもとあんまり変わらないんじゃない?」

「そうなんですけど……なんでか、ラーレが飛んで行ってから、急に寂しくなる事が多くて……。昨日までは寝てしまえば良かったんですけど、今日は妙に寝付けなかったんです」


 どうやらティルラちゃんは、ラーレがまだ帰ってこない事もあって寂しさがぶり返してしまったみたいだ。

 まぁ、会おうと思ったら夜でも会える今までとは違って、ラーレが山に帰っている間は別々に寝ているとしても、会いたい時に会えないから、寂しさを特に意識してしまうのかもしれないな。

 ……俺も、小さい頃に伯父さんに引き取られた後、もう両親とは会えないんだと考えて、寂しくなって夜泣いたりして、伯父さん達を困らせた記憶が微かにある。


 会いたい時に会える状況だと気付きにくいけど、実際に自由に会えないと考えて意識してしまうと、途端に寂しくなったりするものなんだろう。

 特にティルラちゃんはリーザより年上とはいえまだ十歳、日本でレオの遊び相手だった子供達と比べてもしっかりしているとは思うけど、やっぱりまだまだ未成熟という事なんだろう。

 我慢の限界……とも言えるのかもな。


「そうかぁ。そういう時もあるよね、うん、仕方がないよ」

「……笑ったりはしないんですか?」

「寂しいと思うのは、ティルラちゃんだけじゃなく皆持っているものだからね。大きくなれば、多少は抑えて我慢する事はできるけど、それを表に出す事が間違いだとかおかしい事だとは思わないよ」


 寂しいなんて、子供だろうが大人だろうが、感情があるなら誰だって感じる事だ。

 それこそ、ランジ村から屋敷へ戻る時に、マルチーズと別れる際にも以前のレオの事を思い出して、ちょっと寂しかったりもしたからな。

 だからといって、感情に任せて人に迷惑をかけて回ったりとかはどうかと思うが、寝付けなくて部屋を訪ねて来るくらいなら、全然構わない……どころか可愛いもんだ。


「良かったです。タクミさんの所に来て正解でした。姉様だと、笑われそうで……」

「クレアも、笑ったりはしないだろうけどなぁ……?」


 クレアの場合は笑ったりはしないけど、厳しく我慢しなさいくらいは言うかもしれないな……ティルラちゃんに勉強をと言っているのを見ているから、そう感じるのかな。

 でも、以前は少し張りつめているようにも感じる部分が最近はなくなっているし、柔らかい雰囲気になって来ているから、もしかしたらティルラちゃんが頼めば一緒に寝てくれたりもするかもしれない。


「それでも、なんとなく恥ずかしいですから」

「まぁ、姉妹だからかもね。家族相手だと恥ずかしいって事は、よくある事だよ」


 思春期かな? ティルラちゃんの年頃なら、家族に対して反抗的な態度を取ってみたりとか、自分の考えを相談するのを恥ずかしいと思ったりする事もあるからなぁ。

 そろそろ、エッケンハルトさん相手に一発で撃沈しそうな一言を発しそうだが……って、それは以前、初めてエッケンハルトさんに会う前に、ボソッと言っていたか……直接は言っていないけど。

 ……獣人のリーザにも、思春期とか反抗期ってあるんだろうか……? もし、パパ臭いとか一緒にいたくないとか言われたら、再起不能になるだろうし、頭の中で考えているだけでも落ち込んでしまいそうになるな……。


「タクミさん、急にどうしたんですか?」

「あぁ、ごめん。なんでもないよ。それで……えっと、ティルラちゃんはここにきてどうしたいんだい?」


 頭の中で、反抗期になったリーザを思い浮かべて勝手に落ち込んでいると、ティルラちゃんに心配されてしまった。

 今はティルラちゃんのケアをしないといけないんだから、変な事を考えて自分で落ち込んでいる場合じゃないな――。



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