第724話 公爵家の人達は多少の事は気にしないようでした



「タクミさんが、欲深い方ではないとわかっていましたが……」

「無欲でいらっしゃいますなぁ。中々、珍しい人物です。ですが、だからこそレオ様も一緒にいるのではと、そう思えました」

「最強の魔物であるシルバーフェンリル……欲深い人間が従えたらとんでもない事になるのは、自明の理。タクミさん程無欲であるからこそ、なのかもしれませんね」

「ワフ!」

「いや、なんでレオが誇らし気なんだ……というか今回は話を聞いていたんだな」


 クレア、自明の理なんて難しい言葉を知っているんだな……。

 先程自分の名前を呼ばれたからか、さっきとは違い今回の話を聞いていたレオは誇らし気だが、そこはちょっと違うと思うぞ?


「まぁ、俺が無欲……というのは自分ではよくわかりませんが……ともかく、できる事ならレオやリーザとのんびり過ごす事が、一番いいかなと思っています」

「のんびり、ですか。いささかもったいない気もしますが、タクミ様らしいのですかな?」

「そうね。タクミさんは、屋敷にいてもレオ様と一緒にいても、偉ぶる事はなく、ゆったり過ごす事が多かったわね。……忙しないのは、剣の鍛錬くらいかしら?」

「剣に関しては、ちょっと楽しくなっている部分もあるから。でも、そればっかりじゃなくて、レオやリーザと遊んだりしている事の方が、今は大事な気がするんだ。もちろん、クレアや他の人達と過ごす時間も大事に思っている」

「ワフー」

「ははは、前は相手をしてやれない事が多かったからな。レオが嫌というまで、構ってやるぞー?」

「ワウ!」

「にゃふ!」


 以前はずっと留守番ばかりさせてたからなぁ……時折、休日に散歩へ連れて行ったり、近所の子供達と遊ばせる事はあったけど、それでもやっぱり寂しかったはずだ。

 犬用のおもちゃとか買ったりもしたけど、それだけで紛れるとは思えないしなぁ……うん、やっぱり一緒にいられる時間を増やすのは間違いじゃないな。

 それにリーザには、レインドルフさんがいなくなって独りぼっちという感覚が強かったようだし、最近は以前のような寂しそうなそぶりを見せる事はほとんどなくなったけど、できる事ならもう寂しい思いはさせたくない。

 尻尾を振って嬉しそうに鳴くレオに声をかけながら、隣で同じように尻尾を振ってこちらを見ているリーザを、両手でそれぞれガシガシと撫でておいた。


 少し荒っぽくなったのは、照れ隠しだ。

 あと、リーザは多分俺が言っている事の半分も理解していない様子もあったけど、リーザと出会う前の事だからな、なんの事なのかわからなくても仕方ないだろう。


「ふふふ、レオ様は嬉しそうですね。そうですね……お父様を見ていると、仕事だけでなく他の楽しみというのも考えた方がいいと思う事がよくあります」

「旦那様は、もう少し仕事への比重を増やして欲しいとは思いますが……タクミ様といる旦那様は、若返ったかのように感じます」

「それだけ、タクミさんと一緒にいるのが楽しいのでしょうね。お父様、公爵だからといって、友人が少なそうだから……いえ、知り合いは多いのだけど、対等に付き合える人がいないのよね」

「公爵家の者が気にしないと言っても、民は気にしてしまいますからな。その点、タクミ様はあまり気にしない様子でしたので」

「俺、やっぱり失礼な事をしてい……ましたよね……」

「「……」」

「ワフゥ……」

「?」


 貴族への接し方とか、そんなもの日本で教わったりしないからなぁ……もしかしたら、こちらはこちらでまた別の風習みたいなことがあるのかもしれないし……。

 それに、友人みたいと言ってくれているセバスチャンさんもそうだが、エッケンハルトさん本人も同じような感覚を持っているらしく、俺から強めに突っ込まれる事を望んでいるように見えたりもしたからなぁ。

 色々と失礼な言動をしている事には心当たりがあるし、作法でも間違っている自信がある……こんな事に自信を持っちゃいけないとは思うけど。

 まぁ、作法に関しては、クレアさんもエッケンハルトさんも気にしないと言ってくれているし、そもそもエッケンハルトさんの食事なんて、作法とか関係なさそうな豪快さだから大丈夫だろう……周囲の目がなければ、それこそ手づかみで肉に齧り付きそうな勢いだったし。


 そんな事を頭で思い浮かべながら、苦笑しつつ皆に聞くと、クレアさんとセバスチャンさんは無言で明後日の方向を向き、レオは溜め息、リーザはよくわかっていないのか、首を傾げるだけだった。

 あ、よく見たらティルラちゃんもそっぽを向いている……そりゃ、活発とはいえ作法を学んでいるティルラちゃんからしても、俺が間違っていたのはわかるんだろうけど。

 あと、ライラさんを始めとした食堂にいる他の使用人さん達も、俺と目を合わせてくれないのは……。


「……すみません、気を付けます……」

「いえ! いいのですよ、タクミさんが思うままに過ごしていただいて! 私もそうですし、お父様も気にしていませんから。むしろ、無理に取り繕おうと思わない方が自然で、私達に対しては今まで通りで!」

「そ、そうですか……それなら良か……」

「アンネリーゼ様は、時折気にしていらした様子ですが……ここが公爵家の屋敷であり、他家なので指摘はしなかったようですな」

「……やっぱり」


 くっ、アンネさんにまで作法がなっていないと思われていたとか……!

 フォローしてくれるクレアに対し、安堵の息を漏らそうとした俺にセバスチャンさんの一言がクリーンヒット!

 思わずがっくりと項垂れてしまった。


「セバスチャン! 私やお父様だけでなく、セバスチャンも好感が持てると気にしていなかったじゃない!」

「おっと、つい余計な一言を言ってしまいました。申し訳ありません、タクミ様」

「いえ……」


 クレアに注意されて頭を下げるセバスチャンさんは、なんとなくの流れとクレアをからかうような感覚で一言を追加してしまったんだろう。

 それが見事に突き刺さってしまったわけだが……まぁ、過ぎた事を考えていても仕方ない、気持ちを切り替えてこれからは失礼な言動をしないように気を付けよう。

 ……エッケンハルトさんの素行や、俺自身の性格から、それができるかどうかはわからないが。

 一応、取引先との付き合いもあったので、一時的に丁寧に接する事くらいはできるが、貴族相手と考えるとそれで足りるのかどうか……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る