第718話 折り返してゴールしました



 レオ達がもっと速く走るための最終手段としては、馬車の中に入ってしまえば大丈夫だろうが、それだと指示をするのが難しいから、何かしらの手段を考える必要があるだろうな。

 ……ずっと真っ直ぐ進むだけじゃないし、真っ直ぐでも気付いたら目的地を越えているなんて事がありそうだし。

 ともかく、俺の指示を聞いて少しずつ速度を上げるレオ……リーザは、周囲の景色の流れる速度が上がるのを喜んでいるようだ。

 これくらいなら、まだ大丈夫そうだな……。


「お、レオ。向こうにヨハンナさんが見えるから、前まで行って反転してくれ。馬車が繋がっているんだから、気を付けてな?」

「ワフ!」

「おー! 楽しいー!」


 そろそろ呼吸が苦しくなってきそうかな? という速度になったあたりで、街道の横で馬に乗っているヨハンナさんを発見。

 馬から降りていないのは、目印になるためと俺達が来たら屋敷へすぐ引き返せるようにだろう。

 レオに頼んで、ヨハンナさんの前辺りで再び速度を緩め、大きく弧を描くように走って方向を逆向きにさせる……今回は馬車があるから、その場で反転とかできないからな。

 初めての事で少し半径が狭かったためか、体に強く遠心力がかかってしまうが、振り落とされる程ではなかった……ちょっと踏ん張ったけど。


 リーザは、アトラクションに乗っている感覚なのか、楽しそうに笑っている。

 後ろを走っていたフェリー達も、レオと同じように走って目印のヨハンナさんを起点に方向転換させていた。

 皆、ちゃんとできているようだな。


「ヨハンナさん、ありがとうございましたー!」

「いえ! 追いつけはしないでしょうけど、私も後ろから馬を走らせます!」

「ヨハンナお姉ちゃん頑張ってー!」

「ワウー!」


 馬車を反転させ、屋敷へと向かいながら目印になってくれたヨハンナさんにお礼を言う。

 馬に乗っているから、御者台に座っている俺達と同じ高さなので声をかけやすいな。

 ついでに、リーザとレオが声援を送って、ヨハンナさんの前を走り去った。


「よし、それじゃレオ、さっきと同じくらいの速度で走ってくれ! このまま一気に屋敷まで走るぞ!」

「おー、ママ頑張れー!」

「ガウ!」


 後ろから追従しているフェン達を引き離すように、レオに声をかけて呼吸が苦しくないギリギリの速度で走ってもらう。

 そんなつもりはなかったが、なぜかレオ達がレースみたいな感覚になっていたから、こういった演出も必要かなと思う。

 実際には、さっきの息ができない程の速度を出せるのは、レオだけじゃなくフェン達もなので、全力でのレースではないんだろうけど、それでも気分というのは大事だ。

 これで、皆が運動してストレス解消できればいいな……いつもは森で暮らしているフェンリルには、必要ないかもしれないけど。



「ふぅ……苦しいという程ではなかったけど、やっぱり速ければ速い程負担はかかるものだな。――よーしよし、レオ頑張ったなー」

「ハッハッハッハッハ! ワフ~……」

「はぁ~、楽しかったー!」


 屋敷の前に到着し、停止した馬車から降りて体内に溜まっていた空気を吐き出し、呟く。

 レオがお座りして尻尾を振りながら、がんばったよ! と言いたげな視線を向けていたので、ワシワシと体を撫でて褒めておいた。

 リーザは、俺より先に降りてピョンピョン飛び跳ねながら、楽しかった事を全力で表現している……もちろん、大きめの尻尾も勢いよく振られていた。

 そうこうしている間に、後続のフェン達も到着し、俺達の馬車の横へ並んで行く。


 予想外だったのは、レオは俺に撫でられて気持ち良さそうにしているだけで、全く疲れてなさそうなのに対し、フェリーとフェンは舌を出して荒い息を吐いていた事か。

 レオも舌を出していたが、そっちは走れた高揚感や運動後の体温調節の意味合いが強そうだ……シルバーフェンリルに通じるかはわからないが、犬が体温調節をするのと同じ感じだった。

 ちなみに、同じ距離を走ったけど小さめの馬車だったリルルは、多少息が乱れているくらいで、平気そうだった。

 やっぱりフェンリルにも、重さや速度でそれなりに違いがあるものなんだな……シルバーフェンリルのレオは、別格なんだというのがよくわかるが。


「タクミ様、レオ様、リーザ様、おかえりなさいませ。やはり馬より速いようでしたが、どうですかな?」

「えぇ、馬が曳く馬車よりも確実に速いですね。時間は……」

「……馬と比べると、半分の時間も経っていませんな。なにも乗せずに、馬を走らせるよりも速いでしょう」

「そうですか。まぁ、ちょっとした問題はありますが……レオに馬車を曳かせるというのは、ありかもしれません」

「シルバーフェンリルに、そのような事を頼む事ができるのは、タクミ様だけですがな? ほっほっほ!……して、その問題とはなんでしょう?」

「えーと、御者台に座っているからだったんでしょうけど、速過ぎて……」

「はぁ……はぁ……ニコラ、生きてるかー?」

「せ、拙者はなんとか……ぜぇ、はぁ……」


 レオを撫でながら、フェン達の様子を見ているとセバスチャンさんから話しかけられた。

 懐中時計を見て、時間を測っていたセバスチャンさんに聞くと、馬の倍以上の速度だったみたいだ……出だしがとんでもない速度だったからなぁ、それもあって半分以下の時間だったんだろう。

 あと、タイムを計ると考えると、本当にレースだったような気もして来るな。

 馬よりも大分速い時間で戻ってきたと聞いて、撫でているレオがさらに尻尾を大きく振っていたけど、もう少し落ち着こうなー?


 速いのはいい事として、問題点をセバスチャンさんに説明を始めたところで、フェリーの馬車に乗っていたフィリップさんとニコラさんが、なぜかよろけながら降りて来る。

 息も荒いけど……馬車の中に乗っていただけなのに、どうしたんだろう?


「ね、姉様……き、気分が悪いです……うぷっ!」

「てぃ、ティルラ……我慢するのよ。ここで気持ち悪さに身をまかせてしまったら、アンネやお父様のようになってしまうわ……うっ……ん……はぁ、ふぅ……」

「ティルラちゃん、クレアも……?」


 続いて、ティルラちゃんとクレアが口に手を当てながら降りて来る。

 二人共、下を向いて俯きながら、込み上げてくる何かを必死に堪えているようだけど……アンネさんやエッケンハルトさんと、という事はもしかして……?


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