第717話 フェンリルレースが始まる雰囲気でした



「よーし、それじゃ……って、何この雰囲気?」

「おー、ママだけじゃなくてフェリーやフェン達も、やる気だー!」

「ワウゥゥゥ……」

「グルルルゥ……」

「ガウウ……」

「ガウゥ……」


 馬車に繋がれたフェンリル達……レオも含めて総勢四体は、皆が馬車に乗り込んだあたりからにわかに緊張感というか、緊迫感を漂わせ始めた

 なんというか、それぞれが唸るように鳴いていて、絶対負けないと意気込んでいるような……あれ、これレースだったっけ? まさかの犬ぞりレース?


「……ワーウ?」

「あ、あぁわかった。えーと、余り危険な事はするなよ? それじゃ、出発!」

「ガウ!」

「グルゥ!」

「ガウウ!」

「ガウゥ!」


 レオが顔だけをこちらに向け、合図は? と鳴かれたので、一応軽く注意をするだけしておいて、出発の合図を出した。

 それと共に、一斉に走り出すレオ達!

 さすがにシルバーフェンリルだけあって、種族差で分があるのか先頭に躍り出たレオ。

 斜め後ろでは、裏庭で転がってお腹を撫でられていたのが信じられない程、鋭い目をさせたフェリー達が追従するように走っている。


「って、ちょっ、ちょっと待てレオ! フェリー達も! もう少し速度を落としてくれ!」

「わぶぶぶ……」

「ワウー?」


 レースのような雰囲気に当てられたのか、少しだけ状況を分析するような思考になってしまったが、真剣に走っているため速すぎて呼吸が苦しい。

 このまま走るのは、呼吸困難に近い状態になって非常にまずい!

 そう思って、苦しい中でもなんとか叫んでレオに呼びかける……足の上では、リーザが変な声を出していたが、それも呼吸が苦しいからだろう。

 馬車の中に入っているクレア達なら大丈夫だろうけど、俺やリーザは御者台だし、ライラさんやゲルダさんも外にいるのと同じ状態だ。

 ……巨大な扇風機からの強風を、正面から受けている状態を思い出した。


「はぁ……! はぁ……! レオは大丈夫だろうけど、もう少しこっちの事を考えてくれ……全力で走られると、風が当たって息が苦しい……」

「ワフ!? ワウー……」


 俺の声に抗議するように鳴いたレオは、止まってはいないが素直に速度を落としてくれたので、酸素を求めて荒い息を吐きながら注意をする。

 俺の注意を聞いて、ようやくその事に気付いたレオがすまなさそうに鳴いた。

 レースみたいになっていたからな……夢中になって忘れていたんだろう。

 レオが速度を落としたためか、フェリー達フェンリルもゆっくりとした速度になってこちらの馬車について来ているようだ……良かった……これで俺達を置いて走って行ってしまったら、レオに頼んで止めてもらわないといけないところだった。


「はふー……凄い苦しかったー」

「ほら、リーザも呼吸が難しかったようだからな? はりきるのはわからなくもないけど、あまり飛ばし過ぎるなよ?」

「ワウゥ……ワウワウ、ワウー」


 ようやくまともに呼吸ができるようになったようで、リーザが溜め息と共に感想を漏らす。

 さすがに驚いたみたいで、いつもはピンと立っているリーザの狐耳が力なく垂れていたので、安心できるように撫でておく。

 レオにはもう一度注意して、謝るような返事が返ってきたので、さっきのようなとんでもない速度で走る事はもうないだろう。

 けど……少し気になる事を言っていたな……えーと、背中に乗っている時とは違うなー、とかかな。


「……そういえば、レオの背中に乗って走っている時は、息苦しさとかは感じなかったな。風がないわけじゃないし、勢いがあってしがみ付いてないといけない事はあったが……?」

「ママに乗っている時は平気なのにねー」


 今は馬より速く走ってはいるけど、それでもランジ村に向かうときなど、レオに乗って急いでもらっている時よりは遅い。

 よく考えてみれば、先程の呼吸が苦しくなってしまった速度は、いつもの速度と言ってもおかしくないくらいだったか? むしろそれよりも遅いくらいだったようにも思うが……。

 リーザも、同じ事を疑問に思ったのか、首を傾げて耳も同じ方向へ倒している。

 今更ながら、考えてみたら馬よりもかなり速い速度で移動しているのに、苦しくなったりする事がないというのは不思議だ……いや、重力というか圧力のようなものを感じたり、振り落とされないようにはしてたけど、それくらいだ。


「レオ、もしかしてなんだが……俺達が背中に乗っている時に、何かしているのか?」

「ワフ? ワウー!」


 思い切ってレオに聞いてみると、器用に走りながら首を傾げた後、肯定する声。

 前を見て走っているため、俺やリーザからは後ろ姿しか見えなくてレオの表情はわからないが、声の感じからは自信が窺える……褒めて欲しそうにしているんだろうなぁ。


「そ、そうなのか……でも、今は違うのか?」

「ワウ、ワフーワフ。ワフワウー」

「そうか……」


 意訳は入るがレオ曰く、今も走っている時はレオ自身の前に薄い壁のような物を作り、空気の抵抗を減らしているのだそうだ。

 だから背中に乗っている時は、正面からの風は弱まっていて、問題なく乗れていたんじゃないか……という事らしい。

 ただし、今はレオの前に壁のような物が作られていても、俺達が御者台に座って距離が空いているため、あまり意味がないのかもしれず、さらにそれはレオ自身の前に作る事ができるだけで、馬車の前には作れないかラさっきのような事になったのだという。

 これも、シルバーフェンリル特有の魔法なのか……? いや、ラーレも含めてフェン達もレオについて来ているのだから、使っていてもおかしくないか。


 もしかすると、魔物特有の魔法なのかもしれない。

 人間にも使える魔法だったら、馬に乗った時に使ってもっと早く移動する事ができそうだしな。


「とにかく、レオに直接乗るのとは違って、馬車の場合は注意が必要という事だな。まぁ、今は馬より速くても大丈夫そうだし、気を付けてくれれば問題なさそうだ。……もう少し、早く走っても良さそうかな? ゆっくり、速度を上げてみてくれ」

「ワウ!」

「わー、速い速いー!」


 馬だと体力の問題もあって、馬車や荷物、乗る人の重さが速度や走る距離に影響が出るが、レオやフェン達の場合は別の問題があるようだ。

 速ければいいってものじゃないんだなぁ――。



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