第719話 他の皆は揺れにやられたようでした



「タクミ様……ご無事で何よりです……」

「申し訳ありません! うぷっ!……ぐっ……っ! 私はこれで……」

「ライラさんは平気……そうでもないですね。ゲルダさんは……行っちゃった……」


 疑問から答えに辿り着こうとしたくらいで、ライラさんやゲルダさんも降りて来たようだ。

 何事もなかったかのように、澄ました顔で立っているライラさんだが、明らかに顔色が悪く、縦線が入っていてもおかしくないと思える程だ。

 さらにゲルダさんは、焦って謝った後口に手を当て何かを抑え込みながら耐えるようにし、屋敷の方へと去って行った。

 うん、まぁ……ランジ村に行く途中で似たような光景を見た覚えがあるけど、皆酔ってしまったんだろう……。


 馬より速く走れたけど、呼吸という問題以外にもまた別の問題があったみたいだ。

 あれ? リーザは楽しんでいたからだろうけど、俺は全然気分が悪くなったりしていないのは、なんでだろう? なんて疑問に思う。

 ふと頭に思い浮かんだのは、満員以上に満員になっているという、意味がわからないくらいぎゅうぎゅう詰めになっている通勤電車を、幾度となく経験しているからという理由だけど……あれに比べれば、多少揺れが凄くても空気が悪くない分平気なのかなぁ、なんて考えてしまった。


「えっと……大丈夫?」

「なんとか、大丈夫です。けど、少々辛いというのは隠せませんね……申し訳ありません、情けない姿を……」

「情けないとは思わないから、ゆっくり休んで?」

「クレアお嬢様、水をお持ち致しました」

「はい、ありがとうございます。――ありがとう、セバスチャン。ん……」


 とりあえず、クレアに声をかけてみるけど、気分が悪い事よりも情けない姿を見せているのが気になるようだ。

 むしろ、あまりこういった姿を見せてくれないので、珍しくて嬉しい……なんて考えたらクレアに失礼だな……本人は苦しんでいるんだから、俺にできるのは気にしない事くらいか。

 セバスチャンさんが持って来てくれた、グラスに入った水を飲んで、少しは楽になってくれればいいけど。


「大丈夫、ティルラお姉ちゃん?」

「気持ち悪いです……前に、馬車に隠れていた時の事を思い出しました……ありがとうございます、リーザちゃん」

「ううん。お爺ちゃんも、辛い時はこうすると楽になるって言ってたから」

「ワフゥ……」


 クレアと同じような状態になっていたティルラちゃんには、リーザが話しかけているようだ。

 馬車に隠れていたっていうのは、以前言っていたラクトスへクレアが行く際に、荷物入れの場所に忍び込んで酔った時の事だろう。

 辛そうなティルラちゃんに、背中を優しく撫でてあげるリーザはやっぱり、優しい子だな……お、セバスチャンさんがあちらにも水の入ったグラスを渡しに行った。

 ティルラちゃん達の方へ顔を向け、心配そうな鳴き声を漏らすレオは、いつもなら近寄っていただろうけど、今はまだハーネスが付けられたままなのでおとなしくしているみたいだ。

 さすがに、馬車と繋がれている状態で自由に動いてはいけないと考えているようだな、偉い……っと、さっさと外してやらないとな。


「はぁ……少し楽になりました……」

「もう少し休んでいてもいいと思うけど?」

「いえ、中々ない機会なので、ちゃんと私も話を聞いておきたいのです」


 俺が執事さん達と協力して、レオやフェンリル達のハーネスを取り外している間に、水を飲んで一休みしていたクレアは多少回復したようだ。

 まだちょっと無理をしている様子ではあるけど、顔色はさっきより大分マシになっている。

 ティルラちゃんとリーザは、離れた場所に椅子を持って来てもらい、一緒に座って休憩だ……ハーネスを外したレオが近くで様子を見ているから、大丈夫だろう。

 ちなみに、ゲルダさんは屋敷へ行ったっきり戻って来ていないが、ライラさんも多少マシになったらしく、近くで待機してくれているし、フィリップさんやニコラさんはさすが訓練されていた経験があるからなのか、馬車を片付けるために動いていた。


「タクミ様、馬車の点検を終えました」

「どうでしたか?」


 フェンリル達のハーネスを外した後、馬車の状態を見ていたセバスチャンさんが、点検を終えたようだ。

 馬車は重さの問題もあって、当然金属ではなく木でできているため、走り終わった後は点検をしなければいけないからな。

 車でも老朽化とかメンテナンスがあるけど、それより頻度は高い……ランジ村から戻ってすぐも、使った馬車は点検していたらしい。


「老朽化以外にも、少々部品を取り換えなくてはいけない部分がるようです」

「それは、やっぱり走る速度が速かったからなの?」

「速度の影響で、馬車に思わぬ負荷がかかっていたようですな。それに関しては、実際に乗った皆様が実感できるところでしょう」

「そうね……馬車は揺れて当然だけれど、あれ程の揺れというのは経験した事がなかったわ。お父様と違って、揺れには強いと考えていたのだけれど……」

「馬より速く馬車を曳ける、というのはそうそうある事じゃないからね。うーん、やっぱりフェンリル達に曳いてもらうのは厳しいかな? 俺やリーザは何とか平気だったけど、次は大丈夫かわからないし……距離が長くなればもっと酷い事になるかもしれないから」


 速く走るという事は、それだけ馬車への負担がかかってしまうのは、簡単に考えられる事。

 ラクトスまでの道の半分も行っていない所との往復で、今まで使っていた馬車で老朽化している部分があったとは言っても、部品を取り換えないといけなくなる程なら、フェンリルやレオ達が曳いて移動するのは難しいだろう。

 距離が長くなればなるほど、馬車が壊れる可能性が上がってしまうし、それこそ走っている途中で壊れる可能性だってある。

 しかも、揺れが酷くて酔ってしまうのなら尚更だ。


「まぁ、フェンリル達に馬車を曳かせるのは、今回だけの事なので可能性を模索する必要はございませんか……」

「んー、もしかしたら、薬草を運搬する際に活用できるかとか、考えていたんですけどね?」

「タクミさん、それはもしかしてランジ村で作った薬草を、他の村や街へと運ぶ際に……ですか?」

「そう。馬で運ぶより速く移動できたら便利でしょ? 移動が速ければ、それだけ迅速に薬草を届けられるし、クレアがどこかへ行く際にも時間が少なくて済むから」

「ふむ、その視点では考えておりませんでしたな。移動にかかる時間の短縮ですか……魅力的ではあります」



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