第693話 ダイエット食材が決まりました



「ニャックだよニャック。芋から作られていて栄養も豊富だったと思うし、美味しいよね」

「ニャック……芋から? あぁ、こんにゃくの事か!」


 以前、ヘレーナさんから食材の事を聞いた時に話していたっけ。

 こんにゃくダイエットという言葉まで生まれる程、ダイエット目的の食材としては人気で優秀だったはずだ。

 栄養素は豊富なのにカロリーはかなり低く、食物繊維も豊富だから……汚い話、体の不要な物を出すのにも役立つ……だったか。

 まぁ、食物繊維に関してはタンポポ茶ならぬ、ダンデリーオン茶があるからいいとして、こんにゃくなら満腹感もあるし食材としては申し分ない。

 ただ……。


「あまりこんにゃくを使った料理って思いつかないんだ。美味しいから好きだし、食べてはいたんだけど……アレンジするとか考えなかったから」

「僕なんて、料理をしてこなかったからもっとわからないよ。大まかに肉を切って焼くくらいならまだしも、調味料を使い始めたらもうどうしたらいいのかわからないからね」

「……屋敷に戻ったら、すぐにヘレーナさんと相談しようかな?」


 ユートさんと話しながら、ちらりとクレア達の方へ視線をやると、あちらではどういう運動をしてどうしたら痩せられるか……なんて話をしていた。

 さっきまでダイエットの話を真剣に聞いていたはずのヨハンナさんが、クレア達の方を見て気が気じゃない様子だしな。


「ヘレーナさんっていうのは?」

「あぁ、クレアさん達がいる屋敷の料理長だな。ハンバーグを作る時もそうだったけど、料理の話をして相談したりもするから」

「ふーん、それじゃあちょうどいいかな? その屋敷はラクトスの近くにあるんでしょ?」

「うん」

「だったら、ラクトスで探せばニャックが見つかると思うよ。あれはこの国で作られた物じゃないんだけど、今では作られるようになっていて、作っている場所は離れているけど、ラクトスは色んな物が集まる街だからね」

「そういえば、交易が盛んだとか、人の出入りが激しいとか聞いたっけ」

「そうそう。早い話が国の南側の要衝で、人の数や規模は他の街からすると大きいとは言えないけど、国に流通している物なら大抵あるはずだから。南側に住む人達は、貴族を含めて王都や北側へ行く際はほぼ必ず通る街だからね。逆もしかり」


 初めてラクトスへ行った際、クレアからの説明で交易の街で人が行き交うと聞いた。

 北はラーレのいた山で、南も魔物がいる森とあって、危険を避けて旅をするならラクトスを通るのが通常だからだったか。

 人や物が集まり、南北の要衝となっているんだろう。

 あぁ、だから大通りに行った時に商人や旅人もいて、活気があったし、珍しい物……屋台でうどんもどきがあったりもしたのか……どこからか来た人がラクトスの人に伝えたか、自身で作って売り出しているんだろうな。


「それじゃあ、ニャックについては屋敷に戻ってから、ヘレーナさんと相談して探そうかな?」

「タクミさん! そのニャックという食べ物、すぐに探しましょう!」

「そうですわ! すぐにでも手に入れて、美味しい料理にするべきですわ!」

「クレアに、アンネさん……」


 ダイエットに関して激論していたはずの二人が、いつの間にか俺とユートさんの話を聞いていたらしく、戻ってからゆっくり探せばいいかと呟くのに割り込んできた。

 必死なのはわかるけど、そんなに急いでニャックを使った料理を求めなくてもなぁ……二人共、ふくよかとは決して言えないくらい細いのに。


「アンネリーゼ、お主は私と共に公爵家の本邸へ行くのだぞ? 今探したとして、料理ができる前には帰途だな」

「あぁぁぁ……」


 危機管理能力からか、ダイエット話に参加していなかったエッケンハルトさんが、お茶を啜りながら指摘。

 アンネさんはまたしばらくエッケンハルトさんと行動を共にして、更生……というのは言い方が悪いかもしれないけど、今までと違って子爵家の当主に相応しくならないといけない。

 今からラクトスに誰かが探しに行っても、往復したり料理を考えているうちに、もうこの村は離れているだろうからな。


「……お父様とアンネを見ていて冷静になれました。申し訳ありません、タクミさん、ユート様。はしたない所をお見せしてしまいました」

「あははは、僕は気にしないよ。こういうのも、女性ならではだし面白いからね」

「ははは……」


 ダイエットに対して過剰に反応している事に気付いたのか、クレアさんが立って謝罪とばかりに綺麗な礼をする。

 俺もユートさんも、そういう事は気にしない質なのはともかく、ここでその見惚れる程綺麗な礼をされてもなぁ……と苦笑しかできない。


「あ、それはそうと……エッケンハルトさん?」

「む、なんだタクミ殿? 私はカロリー……だったか? そういったものは気にせず、美味い物を食べる方がいいぞ?」

「いえ、ダイエットの事ではなくてですね……」


 エッケンハルトさんがダイエットの事を気にしているなんて、一切考えていない。

 豪快な性格で、躊躇せずハンバーガーを掴んで齧り付くくらいだから、太るとかを気にしそうにないどころか、エネルギーにもなると説明したから、体を動かすのにちょうどいいと考えていそうだ。


「今も言っていましたけど、いつ本邸に? ランジ村での目的は終わったと思いますけど……」

「ふむ、そうだな……セバスチャン。明日もう一日ゆっくりして、明後日に出立しようと思うのだが、どうだ?」

「はい。それくらいであれば問題ないかと。護衛も馬も、十分に休息を取れるでしょう」

「そうか。タクミ殿、そういう事なので、明後日村を発って本邸に向かう予定になる」

「わかりました」


 護衛さん達はともかく、馬は休ませないといけないからな……明後日か。

 エッケンハルトさんがこの村に来た目的は、表向き薬草畑予定地の視察と、オークに襲われたその後の様子見だと言っていたけど、一番の目的はアンネさんの事だったんだと思う。

 表には出さないようにしても、ハンネスさんに五体投地のような飛び込み土下座で謝った前後から、ランジ村の事を気にしていたようだからな。

 村の皆に謝る機会を与えられたし、ユートさんと出会ってはっきりと伯爵家ならぬ子爵家の沙汰も聞き終わったから、これからアンネさんがいい方向に変わっていければいいな――。



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