第694話 ランジ村で宿屋作りを提案されました



「あ、そうだハルト。この村なんだけどさ、宿屋とか作った方がいいんじゃない?」

「宿屋ですか、ユート様?」

「うん。元々街道から離れているから、旅人が来る事が少なくて宿屋を作っていないんだろうけど、これからは違うでしょ? それに僕が来た時も、泊まる所をどうするか困ってたみたいだからね。まぁ、僕はそこらで野宿でもいいんだけど、慣れているし……でも、ルグレッタがうるさくてさー」

「閣下は重要な人間なのですから、当然の事です。身分を隠している場合ならともかく、この村では身分を明かしましたから。なのに外で勝手に寝ろとなると、問題になります」

「この通りだね……」


 ルグレッタさんの言葉に、やれやれと両手を挙げるユートさん。

 前回この村に来た時は、レオはともかく俺とフィリップさんの二人だったから、ハンネスさんの家に泊めてもらったけど、身分を明かしたユートさんは王家なんだから、同じ場所というわけにもいかないだろう。

 とはいえ、他に相応しい場所もないため、結局俺達が村へ来た時に使っていた改修した家に泊まっていたと昨日聞いた。


「ふむ、宿屋ですか……確かに、必要かもしれませんな。この先、タクミ殿によって薬草畑ができれば、村が活性化されます。ワインもありますからな。そこから直接買いに来る旅人もいれば、商人がくるかもしれぬか。貴族用は大掛かりになり過ぎるから、すぐには無理だろうし、私も必要性を感じないが……。――村長、そこのあたりはどうなっておるか?」

「貴族用の宿は、必要性を感じて欲しい物なのですがな、旦那様……まぁ、後回しになるのは仕方ありませんか」


 貴族用となると、宿の大きさから調度品まで選ぶ必要があるため、作るのにも時間がかかるんだろう……エッケンハルトさんは確かに気にしそうにない、どころか、今もちゃんとした宿じゃなくても楽しそうなんだけど。

 セバスチャンさんが呟く言葉は無視をして、ハンネスさんに顔を向けるエッケンハルトさん。

 ハンネスさんは、身分の高い人達と食事を一緒にとなって、ずっと緊張して声を発しなかったんだが、村の代表としてエッケンハルトさんの隣に座っていた……屋敷で一緒に食事した事はあったけど、今回は王家のユートさんが一緒だからなぁ。


「えーと、宿ですか……? そうですね……今はタクミ様の雇った人達が移住できるよう、使っていなかった家を綺麗にしているので、そこを仮宿として使っておりますが……」

 

 ちなみに、俺達は十人以上で村に来ているため、泊まる場所はユートさんと同じように改修した家に泊まらせてもらっている。

 本当ならエッケンハルトさんやユートさんが、一番上等なハンネスさんの家に泊まらないといけないんだけど、二人共が嫌がって個別の家でとなった……代わりにクレアさんとティルラちゃん、それとライラさんがそこで泊まっている。

 さらに、今回レオは以前と同じく馬と同じ場所で寝ると考えていたんだが、村の人たちが頑張って寝る場所を作ってくれていた。


 急造なので、掘っ建て小屋に近い作りではあるけど、床には麦藁を敷き詰めたうえでベッドシーツを被せ、さらに大きな毛布が作られて快適に寝られるようになっている。

 レオが出入りできるよう大きめに出入口を作ったため、それに合った扉が間に合わなかったらしいが、フカフカな床をレオは気に入ったようだった。

 伏せるだけでなく、足を伸ばして横になったりしていた……前足で軽く整えたり、顔を床に擦り付けていたりもしたけど、あれは気に入ったから自分の匂いを付けるためなんだろう。

 おっと、今はレオのための小屋じゃなくて、宿の話だな。


「だが、それだと薬草畑が始まると、誰かが泊まる事ができないだろう?」

「はい……今まで村に客が来る事が少なかったので、私の家か、ライの両親がいる家に泊まって頂いておりました」

「ライ君の?」

「あの家は、村の入り口に近い家で、少々大きめに作ってありますからな。丁度いいのです」


 言われてみれば、ライ君の両親にラモギを飲ませる時入ったけど、少し広めに感じたかな。

 屋敷で生活しているせいか、あれが基準になってしまって他の家の広さや部屋数がどう……というのはあまり考えないようにしてた。

 公爵家にお世話になっている弊害、というと失礼か。

 おかげで不自由どころか、以前から考えると贅沢と思える生活をさせてもらっているんだしな。


「ですが、確かに客人が増えるとあれば、泊まって頂ける場所が不足します」

「閣下の提案通り、この村に宿屋を作るというのはどうなのだ?」

「はい。今は村の者達が使っていない家を綺麗にしていますので、それが終わり次第となりますが……土地は余っております。それに、場合によっては村を南側や東側に広げれば作るのは容易かと思います」

「そうか、なら宿作りをしてもらう事にしよう。そうだな……セバスチャン、ラクトスや周辺の村、別の街からでも良いから、腕のいい者達を集めて宿作りに協力しろ」

「はい、畏まりました。タクミ様やクレア様が住まう家を作るために、集める予定でしたからな、その時ついでに集めてしまいましょう」

「うむ」

「そ、そんな! 村の宿なのですから、私達だけで問題ありません! 公爵様達のお手を煩わせなくとも……!」

「いや、良いのだ村長。ラクトスなどで宿に泊まるくらいはあっただろうが、こういう事はできる者に任せた方が良いだろうからな。むしろ、村の者達はタクミ殿達の家の用意に集中してくれ。まぁ、家造りはこちらだがな。――セバスチャン?」

「はい、村長とは連絡を取り合い、滞りなく進めさせていただきます」

「ありがとう、ございます……! 公爵様のご配慮を賜り、より一層村の発展に尽力させて頂きます!」

「うむ。だがまぁ……なんだ。そこまで意気込まなくともいいのだがな? なに、タクミ殿やクレアがいるのだから、そちらに任せておけば、村の発展は間違いないだろう。若い者に任せて、私達は傍観するくらいでいいのだ」

「いやいや、エッケンハルトさん。ハンネスさんはともかく、エッケンハルトさんは傍観しちゃだめですよ!」

「おぉ、タクミ君が突っ込んだ。さすがあちらの人間、公爵に突っ込める人はそうそういないよね」


 いや、今はエッケンハルトさんに突っ込めるかはどうでもいいんだけど、ユートさん……。

 村に宿屋をという話になって、俺が話に参加できる余地はないと黙っていたらこれだ。

 ほんと、エッケンハルトさんは真面目なのかそうでないのか……多分、冗談なんだとは思うけど――。



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