第684話 アンネさんの処遇が決まりました



「はい。私は今まであまり外に出ず、民との触れ合いをしなかったためと考えています。今回、公爵様と行動を共にする事によって、貴族としての考え方や、民との接し方などを学ばせて頂きました。クレアさん、タクミさんにもですわ。私が今まで、どれだけ愚かな考えをしていたのかを、思い知らされました」


 ユートさんの言葉に、頷いたアンネさんが自分のこれまでを振り返って、反省するように言葉を発する。

 クレアさんも引きこもりのように言っていたけど、元々アンネさんは、伯爵家の屋敷にいて、外の様子を聞くだけだったから自分とはあまり関係のない事として、苦しめるという実感がなかったんだろう。

 直接アンネさんがやった事ではないが、どこか自分とは別世界のような感覚もあったのかもしれない。

 それがエッケンハルトさんと一緒に屋敷へ来て、俺やクレアさんだけでなく、セバスチャンさんを始めとした使用人さん達を見て、街の人達……とはあまり大きく関わりはなかったけど、それでもクレアさん達と話したおかげで、自分の考えが間違っていると思えたんだろうな。


 まぁ、本当にそれが正しいとは、俺には言えないし言うような身分じゃないけど、初めて会った時よりはいい方向へ向かっているんじゃないかと思える。

 時折、思いもよらない行動というか、クレアさん以上に思い付きで変な事をしでかすけど……縦ロールの先を蝶々結びとか……。


「話を聞いた時には、本当に変われるのか、変わろうとするのか疑問だったが……良い方向に行く事を期待する。そして、そのためにアンネリーゼはこのまま、ハルトと共に貴族としてするべき事、考えるべき事を学ぶがいい。――アンネリーゼは、この先の様子を見る必要はあるが、順当に当主の座を継ぐものとする。ただし、爵位は降格、子爵としてやり直せ。民を慈しみ、自領を発展すれば、いずれ伯爵に陞爵する事もできよう。だが、恩情を忘れ、再び民を苦しめた暁には、爵位のみならず自身の進退も危ういという事を忘れるな!」

「はい、閣下。この度の恩情、ありがたく。そしてこの恩情を忘れず、自領の発展と民の安寧に尽力する事をお約束いたしますわ」

「うむ。父親のルーブレヒトは、王家が預かる。あ奴には今後一切の貴族としての権限は何もなく、罪人として過ごす事になろう。伯爵家……いや、子爵家はアンネリーゼが継ぐその時まで、王家が管理させてもらう事とする」

「畏まりました……」

「では、この度の沙汰はこれにて終いだ。ご苦労だったな、アンネリーゼ、ハルト、クレア、そしてタクミ」


 これで、しばらくエッケンハルトさん預かりとなり、成長を促す事と、アンネさんが次期子爵家の当主という事が決定されたかな。

 まぁ、父親のやった事とはいえ、これから子爵領の人達だけでなく、王家からも厳しい目で見られるから、アンネさんにとってはいばらの道かもしれないけど……いつか、笑って子爵領をアンネさんと見られる日が来るかもな。

 以前とは違い、人に頭を下げる事に躊躇せず、ランジ村の人たちがちょっと引くくらいの謝意を示していたアンネさんなら、きっと大丈夫だ……と信じよう。

 どうでもいいけど、終わらせる時にいたユートさんの言葉は、日本というかどこかの時代劇っぽかったけど、俺と話して昔の事を思い出したからなのかもしれないな。



「……ぷはぁ! 行ったか?」

「はい」

「あー、やっぱりこういう畏まった場は疲れるなぁ……」

「……慣れてそうに見えたけど?」

「とんでもない。場数をこなして、それなりに振る舞えるようにはなったけど、元が日本人だよ? それも、特に偉い立場になった事もないんだ、いつもいっぱいいっぱいだよ」


 アンネさんが退室し、セバスチャンさんとクレアさん、ハンネスさんが一緒について行ってすぐ、ユートさんが大きく息を吐き、緊張していた体を弛緩させる。

 ルグレッタさんが頷いて答えると、凝ってもいないだろうに肩を揉む仕草をして、やれやれと言った風だ。

 俺と接していた時とは違って、緊張感を纏って上に立つ者としての振る舞いが板についていると思って見ていたんだけど、本人としてはそうではなかったらしい。

 この世界に来て長いはずなのになぁ……元々が一般人として日本で暮らしていたのだから、それも仕方ないのかもしれない。


 ちなみに出て行ったアンネさんは、ずっと頭を垂れている時に床へ涙がこぼれていたし、爵位の降格だけでなく父親が罪人となって、今は辛い時だろうから、クレアさんとセバスチャンさんが付いてくれている。

 あの二人に任せれば、アンネさんも大丈夫だろう……意外と、すぐにでも元気になってリーザの尻尾や、シェリーを撫でまわそうとし始めるかもしれないな。


「閣下、私から申し出たとはいえ、今回の恩情、ありがたく思います」

「まぁ、伯爵自身は直接手を下してなくとも、その指示で結構な事もやっていたから、お家ごと取り潰すのが良かったのは確かなんだけどね。けど、新しく貴族を選定するのも面倒でね……絶対、僕にも手伝えって言われるだろうし……」

「面倒で国の方策を決めるべきではないと思いますが……それに、閣下が言えば、王家も引き下がるのでは? 元とはいえ、建国の祖。軍隊を単独で相手にできる方でもある閣下を、ないがしろにはしません」

「そりゃそうだけどね。けど、だからって強権を発動しちゃったら、僕が退位した意味はなくなるでしょ? だから僕は、どうしてもという時以外は表に出ないの。前に出たのは……獣人相手の時くらいかな。あの時は王家の失態だから、さすがに怒ったけど……いつもはやらないよ。今回アンネリーゼさんに対して直々に伝えたのだって、王家で一番身軽というか、行動しやすいからだからね。近くにいたのも丁度良かったし、自由に旅をしているくらいが僕には合っているんだよ。ね、タクミ君?」

「え、あ、はぁ……まぁ、そうなの……かな?」


 急に俺に同意を求められても困る。

 確かにユートさんは既に退位しているて、実質的には王ではないため、本来なら発言力は低いはずだけど……そうしないと、現在の王様の意味もなくなるから。

 でも、ルグレッタさんが言うように、軍隊をも相手にできて、国を作った人物でもあるんだから、王家としても発現を無為にはできないだろうな。

 そう考えるとユートさんが言う通り、面倒だからという理由で断ったり、何か国に対してあぁしろこうしろというのは、退位した意味がなくなるからどうしてもという場面にのみ、というのはわかるかな――。



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