第685話 ティルラちゃんから相談があるようでした



「いっその事、ハルトの公爵領に吸収合併させて、一つにしても良かったかもね」

「そんな、会社みたいに……」

「さすがにそれは、一つの貴族が大きくなってしまうので、他の者達が黙っていないかと。内乱……は、閣下が一人で鎮められるので、問題はありませんが、不満は国政の不信に繋がります」

「面倒だよねぇ。まぁ、王家は各貴族に領地を収めさせて、調停役に徹しているから、今のところ大丈夫だけど。あ、そうだ!」

「どうされましたか、閣下?」


 さすがにエッケンハルトさんと言えど、伯爵領を併合して収めるというのは無茶だろう。

 できないとかではなく、急に経営している会社の規模が倍になるのと同義だろうからな……そういうのは、前もって少しずつ根回しして、問題が起きないようゆっくりとやるものだと思う。

 というか、国の事をそんな気楽に決めないで欲しい、ユートさんは否定されて実行はされないとわかっていて、冗談で言っているみたいだけど。

 ただ、その後に俺を見て何かを思いついたように、大きな声を出すのは止めて……何か嫌な予感がするから……。


「タクミ君、貴族に興味とかって……ない? もしアンネリーゼさんが駄目だった場合や、他の貴族が何かをした時に、代わりにとか。タクミ君なら、まだ会ったばかりだけど、いい人なのはわかるし、レオちゃんもいるからね。他から文句は言われないと思うんだ」

「確かに、タクミ殿なら……問題は全てねじ伏せられそうですが……」

「公爵領とは別の場所で、タクミ殿がいてくれるというのは心強いが……しかし、タクミ殿にはできればここにいて欲しいというのが、私の本心だ……うぅむ……」

「いやいやいや、皆さん何を言っているんですか? 俺はそんな、貴族なんて……とても務まりませんよ。この村で、薬草畑を作るくらいが精一杯です!」


 嫌な予感は的中。

 何を言い出すのかと思えば、俺が貴族だなんて……それこそユートさんじゃないが、俺には一小市民程度が一番性に合っているはずだ、うん。

 今だってレオがいてくれて、クレアさんを始めとした公爵家の人達が協力してくれるからこそ、ランジ村で薬草畑ができるんだからな、これ以上は求めない。

 というより、レオやリーザとのんびり過ごしたいし……というのが本音だけど、それはともかく。


「大丈夫、もし何か言うような奴がいたら、レオちゃんがなんとかしてくれるから!」 

「レオ様がいれば、誰も何も言えなくなるでしょうな」

「いやいやいやいや! というか、なんでエッケンハルトさんまで乗り気になって……!」


 それからしばらく、アンネさんが落ち着いたのと、昼食ができたとセバスチャンさんが報せに来るまで、貴族になる事を断るのに時間を費やした。

 途中から、ユートさんやエッケンハルトさんは笑っていたから、ほとんど冗談だったんだろうけど。

 とりあえず、ルグレッタさんがレオに協力を頼んで、異を唱える反乱分子を潰す方法とかも考え始めてしまって、少しどころかかなり怖かったのは、忘れようと思う……ユートさんの好みに合わせてとかでなく、生来のドSなんじゃないかな、あの人? 敵対する相手にだけ……とかだといいなぁ。



「姉様、タクミさん、レオ様……」

「どうしたの、ティルラ。元気ないわね?」

「どうかしたのかい?」

「ワウゥ?」


 昼食も終わり、外でのんびりとしていたら、少しだけしょんぼりした様子でティルラちゃんが話しかけてきた。

 いつも元気いっぱいなティルラちゃんが、珍しく伏し目がちなので、俺だけでなくクレアさんやレオも心配している様子だ。


「その……ラーレの事なのです。なんとなく、いつもと違う様子なのが気になって……」

「ラーレが?」

「さっきレオ達と一緒に遊んでいた時は、そうは思わなかったけど……な、レオ?」

「ワフ」


 ティルラちゃんの相談事はラーレについてらしいけど、俺やクレアさん、レオも不思議そうにするくらいで皆ラーレの様子がいつもと違うのに心当たりがないようだ。

 予定地を見に行った時は、駆け回るレオを追いかけるように、ティルラちゃんを乗せて楽しそうに飛んでいたし、いつもと違った様子には見えなかったんだが……。

 ラーレはティルラちゃんの従魔だから、何かの繋がりで敏感に感じ取れるものがあるのかもしれない。


「なんというか……私もよくわからないんですけど、ちょっとだけ怯えているような、そんな雰囲気なんです」

「怯えている……カッパーイーグルはとんでもなく強い魔物なのよ? それが怯えるというのは……ここにはレオ様もいらっしゃるから、それで怯えているというのは、今更よね?」

「はい……レオ様と一緒に遊んでくれるので、レオ様にという事ではないみたいなのです」

「何かイタズラをしたとか? でもラーレがというのは考えにくいか……レオだったら、やりそうだけど」

「ワウ!? ワウワウ!」

「ごめんごめん、今はしないよな。……大きくなる前は、時折物を齧ったり散らかしたりしてたけどな?」

「ワウゥ……」


 まだマルチーズだった頃は、俺がいない間は暇だったのか、時折物を散らかしたりする事があったレオ。

 もちろん、見つけたら叱ったりもしたが……寂しい思いをさせていたのもあるから強くは叱れなかったし、ストレス解消の一環にも思えたものだ。

 ともあれ、今のレオは以前よりも賢くなっているようで、イタズラをしたりはしないと理解している……ちょっとからかっただけだな。

 謝りながらレオの体を撫でると、全く……とでも言うように溜め息を漏らしていた。


「でもラーレが怯えるって相当な事だと思うけど……魔物とか動物って、人にはわからない事を感知し足りもするから、何か危険を感じているとかかな? ――レオ、何か感じるか?」

「ワウ? ワフワフ」

「何も感じないか……だとすると、ラーレは……あそこにいるな。こうして見てみても何かに怯えた様子には見えないね?」

「そうですね。私から見ても、怯えているとは……楽しそうにしているようにしか見えません」


 レオには敵わなくとも、ラーレは強力な魔物なのは間違いない。

 そんなラーレが怯えるという事は、相当な危険が近くにあって、それを感知しているのかもしれないけど……レオに聞いてもそんな事はないと首を振って否定された。

 視線でラーレを探すと、リーザや村の子供達と一緒にじゃれ合っている様子で、遠目から見る限りだと怯えている様子は全く見られない……クレアさんも同意見のようだ。

 それにしても、子供相手に翼を広げて見せたり、羽で包んでいたりと、結構楽しそうにやっているな、ラーレもレオのように子供好きだったりするのかな?



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