第672話 初代当主様と状況が似ているようでした



「そう、この村から西へ行った所にある、フェンリルの森だね。初めてこの世界に来た時、気付いたらあの森にいたらしいんだけど、そこでフェンリルに囲まれて、知らず知らずにギフトを使って仲良くなって、そうしているうちにシルバーフェンリルまで出て来て、そちらも仲良くなったって言っていたよ。穏やかで優しい人だったから、話ができれば人間より仲良くなりやすかったのかもね。ギフトの効果で、相手は興奮していなければおとなしく話を聞いてくれるわけだし」

「初代当主様と、シルバーフェンリルがどうやって知り合い、仲良くなったのかというのは今までずっと謎だったのだが……そういった経緯が。伝えられている事は、先程タクミ殿が言ったように、やはり違っているのだな。フェンリルに囲まれたところをシルバーフェンリルに助けられた、と聞いている」

「そうですね、俺もクレアさん達からはそう聞きました」


 公爵家に伝わっている話と、実際に見聞きした人の話……信じるとすれば確実に後者だ。

 随分前の事だし、記憶も薄れているらしいが、人伝に少しずつアレンジが加わる伝説よりかは、信憑性があるだろう。

 というか、その初代当主様がこの世界に来た状況って……。


「なんというか、俺と状況が似ているなぁ……」

「そうなの? そう言えば、タクミ君がこちらに来た時の状況までは聞いていなかったね?」

「えっと俺は……」


 ユートさんとルグレッタさんに俺がこちらへ来た時の説明をする、エッケンハルトさんにも改めてだな。

 ユートさんはともかく、ルグレッタさんとエッケンハルトさんは、ブラックだとか残業と言われてもなんの事かわからず不思議そうな表情をしていたが、話しの腰を折らないように首を傾げるだけに留めてくれていた。

 まぁ、日本で使われている言葉だから、二人にはよくわからない内容だったんだろう。

 ともあれ、気付いたらフェンリルの森にいた事、一緒にこちらに来たレオはシルバーフェンリルになって、大きくなっていた事を伝える。


「ふーむ、確かに似ているね。最初からシルバーフェンリルと一緒というところはあれだけど、場所も森の中だし。そして、ジョセフィーヌさんの子孫である娘を助けて、公爵家と一緒に……か。誰かが仕組んだとさえ思えるね。まぁ、そんなのはいないのかもしれないけど……とにかく、運命的、と言えるのかな?」

「そうだね。まさか、ここまで初代当主様と似ている状況だとは……おかげで、こうしてユートさんやルグレッタさんに会えたから。もちろん、エッケンハルトさん達にも。公爵家の人達には感謝しかないよ」

「今の話を聞いた後だと、似ているクレアではなく、レオ様も含めてタクミ殿が初代当主様の再来と言えるのだが……実際、公爵家にギフトを用いて益をもたらしてくれているしな」

「再来とまではさすがに……」

「とにかく、お互い縁が深いって事だねぇ。うんうん、人との縁は大事だ」


 頷いて、簡単にまとめようとするユートさんに、俺も頷く。

 ほんと、人との縁ってどこでどうつながっているかわからないけど、大事だなぁ。

 運命という言葉で簡単に片づけたくないが、そうとしか言えない状況を不思議に思いながらも、しばらくユートさんから初代当主様の話を聞く……エッケンハルトさんが特に聞きたがったからだな。

 自分の祖先で、公爵家のルーツだから、興味を持つのは当然か。


「そうそう、そこでジョセフィーヌさんがね……」

「初代当主様はそんな事を……」


 初代当主様がこの世界に来た時、ユートさんが国を作ったばかりでまだ平和とは言い難い状況だったらしい。

 国境は常に緊張状態で、戦争も頻発しており、一国が束になっても敵わない絶大な力を持つユートさんが、各地を奔走していた時に出会ったらしい。

 そして、こちらの世界でまだ人間と接していなかった初代当主様を森から連れ出し、人間と関わらせたという……引きこもりを連れ出したって言っていたけど、暮らしていたのは森で屋外だし、微妙に合っているような間違っているような……?

 ともかく、そうして人間と触れ合い始めた初代当主様は、他国が攻めて来る状況に心を痛めて、立ち上がったのだそうだ。


 そう、この国は作って以来他国へ攻める事は一切なく、全て他から仕掛けられていただけというから驚きだ……ユートさんが人間同士での争いを嫌ったかららしいけど、多分、日本で生まれ育って、他国へ攻めるという考えを忌避していたのもあるかもって、苦笑しながら語っていた。

 そして、日頃は優しく穏やかな初代当主様も、近しい人間が戦争で犠牲になる事が許せず、周囲を説き伏せて前線に出たとかなんとか……エッケンハルトさんやクレアさんを見ていると、人々の先頭に立つというやり方や、勇ましさのような部分は受け継がれているんだなぁ、と妙に納得。

 結局、いくつかの戦場で兵力差や様々な要因で、敗北しそうだったところを、森で仲の良かったシルバーフェンリルが現れて相手の軍を蹴散らした事で、初代当主様の戦果となったらしい。

 ちなみにその時、同じく援軍に来たユートさんから、どちらが多くの敵軍を打ち倒せるか、という賭けが行われ、シルバーフェンリルが勝った事で、それ以降国の紋章や国旗にはシルバーフェンリルがあしらわれる事になったらしい……戦争をネタに、何をしているのか……ルグレッタさんも後ろで溜め息を吐いていた。


「あの時は凄かったなぁ……本気になったシルバーフェンリルは、どんな事をしても、全世界の人間を集めたとしても、絶対敵わないと思ったね」

「そんなに、なのですか?」

「うん。僕が数千の兵士を魔法で薙ぎ払っている間に、シルバーフェンリルは万の兵士を吹き飛ばしていたから。僕のなけなしの倫理観と、ジョセフィーヌさんの優しさで、確実に相手を滅ぼすとまではしなかったんだけどね。でも、一瞬で相当な被害が出たから、慌てて向こうの軍は逃げ出してたっけなぁ……」


 数千の兵士を、というだけで十分凄いのだが、それを上回って文字通り桁の違う戦果を出せば、敵わないと印象付ける事ができるか。

 話を聞いていて、戦争を経験した事すらない俺には、どんな状況だったのか想像できない……敵軍は、さぞ絶望的な恐怖を感じたんだろう、と予想するくらいだ――。 



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