第673話 ユートさんが勢いよく謝りました



「いきなり襲い掛かって、すみませんでしたー!」

「ワフゥ?」


 話を終え、ハンネスさんの家を出るとお座りして待機していたレオに、滑り込むようにして土下座をするユートさん。

 なんというか、この世界というかこの国では、あの謝り方が流行っているのだろうか……?

 さっきは襲い掛かって来たのに、今度は目の前で土下座をされ、レオ自身どうしていいのかわからず首を傾げていた。


「とりあえず、さっき襲い掛かった事を謝りたいらしいぞ?」

「ワフ……ワウワウ?」

「遊びじゃなかったの? って言っているけど……」

「くっ、こちらは全力だったのに……これがシルバーフェンリルの本気かっ!」

「閣下が駄目すぎるだけだと思います」

「レオ様にとって、あの程度は遊びにすらなるかどうか、なのだろうな」


 まぁ、レオが前に突き出した肉球……もとい前足で顔を抑えられ、ジタバタしてただけだから、戦闘というよりは遊びの方が確かに近いだろう。

 相変わらずユートさんに厳しいルグレッタさんだが、言われた本人はなぜか嬉しそうだ。

 ルグレッタさんは、ユートさんに言われてあぁいった厳しい言い方をしているらしく、趣味に合わせているだけ……と言っていたっけ。

 ツンデレがどうのとか、ユートさんがさっき楽しそうに話していたけど……世の中には色んな趣味の人がいるんだなぁ、と思う事にした。

 とりあえず、レオだけでなく、他の人達も何事かと驚いている様子なので、この場をどうにかしないとな。


「レオ、気にしていないんだよな?」 

「ワフ」

「大丈夫そうだし、顔を……いや、立ってもいいと思うよ、ユートさん?」

「まったく気にされないのも、少し傷つくけど……これで、喧嘩を売った僕のせいで国が不安定にならずに済んだ……」


 気にしていないのは、今のレオを見ればわかるんだが、一応ユートさんの手前、声をかけて確認しておく。

 むしろ、なんであれくらいの事で気にするのかわからない、といった風に不思議そうにしながらも頷いてくれるレオ。

 ユートさんにも伝えて立ち上がってもらうと、少しホッとした様子になった。

 話を終える前、ルグレッタさんとエッケンハルトさんから、もしレオが怒って暴れたら……と言われて、謝った方がいいのでは? と言われていた……俺は、あれくらいで怒らないと言ったんだけど、もしもの事を考えて全力で謝るという流れになってしまった。

 なんでも、シルバーフェンリルが怒ったら、この国なんて簡単に吹き飛ぶかららしいが、レオがそんな事をするとは思えないんだけどなぁ。


「今度からは、もう少し考えてからシルバーフェンリルに向かって下さい」

「もうやらないで、というわけではないんですね……」

「閣下なので、止めても無駄です」

「ふふん、ルグレッタは僕の事をよく理解しているね」

「いえ、理解というより、諦めに近いです」

「えへへ……」

「喜ぶんだ……まぁ、ユートさんがそれでいいんならいいんだけど……趣味って色々だなぁ」


 止めるわけではなくて、気を付けろと注意をするルグレッタさん。

 この話の流れで、なぜユートさんが嬉しそうにできるのかがわからないけど、人の趣味は様々だから……。


「趣味という事で言えば、ハルトもそうだけど、タクミ君や他の皆も、相当な気がするよ? ほら、その頭……今まで、触れちゃいけないような気がして、何も言わなかったけど……」

「あ……」


 不覚にも忘れたままだった状況、その二だ。

 エッケンハルトさん達と合流した時もそうだったが、耳付き帽子を付けていた事を完全に忘れていた。

 意外と言っていいのか、ハルトンさんの仕立て屋で作っていたこの帽子、着け心地が良くて他の事を考えていたらすぐに忘れてしまうんだよなぁ。


「ま、まぁ……これはちょっとした理由があるという事で。子供達も喜んでいるみたいだから……」

「うん、だから僕の趣味もそんな感じだね」

「一緒にしていいのかわからないけど……そういう事にしておこうか……」

「……はぁ」

「ルグレッタさん?」

「いえ、なんでもありません。お気になさらず」

「あ、はい……」


 リーザやティルラちゃんが渡したんだろう、いつの間にか集まっている村人達の中で、子供達も同じように耳付き帽子を付けていた。

 明るくて元気なティルラちゃんはともかく、リーザも子供達と一緒でニコニコしているから、仲良くなれたようで一安心だ……買って来て良かった。

 ともあれ、人の趣味にはあまり突っ込まないと、暗黙の了解にすると決まった辺りで、ルグレッタさんから溜め息と共に視線を感じた。

 どうしたのかと聞いても、なんでもないと首を振って誤魔化されるんだけど……もしかして、こんな耳付き帽子を付けた俺やエッケンハルトさんを見て、呆れているんだろうか?


 考えてみれば、ユートさんと話していた時も厳しい視線を感じたし……何を被っているんだこいつらは、という目で見ていてもおかしくないか。

 時折手がワキワキしていたけど、冷たい印象を受けるルグレッタさんが、耳付き帽子を触りたかったり、自分も付けてみたいと考えたりは、しないだろう……偏見かもしれないけど。


「しかしレオ、少しの間で随分と様変わりしたなぁ?」

「ワフ? ワウー」

「楽しいのなら、問題ないか。お前も、ちゃんと懐いたんだな」

「キャン!」


 耳付き帽子の話はさっさと終わらせて、レオに近付いて撫でながら先程までと違う様子に首を傾げていた……レオの鳴き声と、大きな尻尾を振っているのを見ると、楽しんでいるのが伝わってくるな。

 様変わりしたというのは、足元だけでなく、背中のあちこちに犬を乗せていて、少しカラフルになっているからだ。

 ランジ村の犬は、茶色や黒が多かったが、灰色だったり青っぽい黒だったりと様々だ、中には白池波の中に黒が入ってまだら模様になっているのもいた。

 レオの銀色の毛に、多様な色の毛玉があるように見えて、ちょっと楽しい。


 さらに頭の上には、先程までレオに敵意をむき出しにしていたはずの、マルチーズがちょこんと座っており、レオが顔を動かすたびにバランスを取るのを楽しそうにしていた。

 俺が声をかけると、同意するように一度吠える。

 俺達が話している間に、レオとマルチーズが和解してくれたようで、何よりだ――。



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