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第663話 旅の人は偉い人のようでした
第663話 旅の人は偉い人のようでした
「その……紋章を、見せられたのです」
「紋章? それはつまり、その者は貴族であったのか?」
「紋章は、貴族が身分の証として持つ者。そこらの民が持つ物ではありません。しかし……紋章を見せられても、村の者達にはわからなかったのではないですか?」
「いえ……私にも、村の者達……この国に住まう者であれば、誰でも知っている、知っていなければいけない紋章だったのです」
後で聞いた話だが、紋章はセバスチャンさんが言ったように、貴族が身分証として持つ物であり、貴族以外が持っている事はないはずの物らしい。
そして、紋章は領主貴族の領内に広く知らされているが、領外の貴族の紋章はほぼ知られる機会がないらしい。
だけど、唯一領主貴族以外にも知られている……というより、知っていなければならない紋章がある。
それは……。
「まさか、王家の紋章!?」
「……はい。このような村に、とも思ったのですが……それは間違いなく、王家の紋章だったのです」
「そんなまさか……王家の紋章を持った方が、旅をしているなど……しかし、王家を騙る者という線も、あり得ませんか……知られれば国家反逆罪にもなり得ます。王家が貸し出した……いえ、それもないでしょう……」
紋章に関して詳しい話は、あとで聞いたので俺はよくわからず、エッケンハルトさん達が驚いているのを見るしかできない。
身分を王家と騙るのは、確かに重罪になるのも頷けるな。
紋章というのは、その一族であると証明する物なので、それ以外の者が持つ事は基本的にない。
例外は、俺がディームを捕まえに行った時のように、許可を得て貸し出す時くらいらしいが、それも特殊な例で、基本的にはあり得ない……ましてや、旅をする者に貸す事はないとの事だ。
俺の時と違って長い期間を要する旅では、いくら貴族と懇意にしていても紋章を貸し出すのではなく、書簡を持たせる事が通常だからと。
遠くに旅立った場合、貸した紋章……レリーフが戻って来るまで長くなってしまうし、もしかしたら何かの事故で亡くなってしまう可能性すら考えられるからだそうだ。
そして、領主貴族以外で国民であれば、知っておかなければならないのが、王家の紋章。
子供でも知っている、知らなければならない義務らしい。
誰でも自国の国旗の模様を知っているとか、それくらい当たり前の事かな。
「何かの見間違え、とかではありませんか?」
「最初は私もそう思いました……ですが、公爵家に近い紋章でシルバーフェンリルが象られており、レオ様を見た後であれば、見間違える事はないかと……」
「公爵家と王家は、共にシルバーフェンリルを紋章にしているからな……」
王家の紋章は見た事がないが、公爵家の方は何度かある。
レオとそっくりなシルバーフェンリルが、牙と爪を見せている……確か、何者にも打ち勝つ象徴としているとか、だったかな。
レオを何度も見た事があるハンネスさんだし、公爵家も王家も両方の紋章を知っているのだから、見間違う事はほぼないんだろう。
「して、その者……いや、その方は?」
「……えーと……その……」
エッケンハルトさんに聞かれ、再び口ごもって言いにくそうにするハンネスさん。
旅の人らしいから、もう既に村を離れているのかな? とも思うが……この反応だと何かあるみたいだ。
「今は、我々からお願いして、村の端にある家にて籠ってもらっています。公爵様やタクミ様から話を聞いて、使える家は綺麗にしたり補修しているのです」
「それはどうしてだ? まさか王家の方がいるとは思わなかったが、私が来る事で不味い事でも?」
「いえ……公爵様は問題なく。むしろ、久々に会うのも悪くないと言っておいででした……」
「……本当に、王家の方のようですな。騙っているとしたら、そのような言葉は出ないでしょう。もっとも、それだけ豪胆な人物という可能性は否定できないかもしれませんが……」
村の端と言うと、例のオークを連れてきた商人を捕まえた後、しばらく放り込んでいた家かな?
王家の人にそんな場所は失礼じゃないか……と思ったけど、綺麗にしているのなら問題にはならないんだろう、多分。
でも、公爵であるエッケンハルトさんに会うのが問題なければ、なぜそんな場所にいてもらっているんだろうか? ハンネスさんの言い方を考えるに、他に理由があるみたいだな。
セバスチャンさんはまだ半信半疑のようだけど、エッケンハルトさんに会うのが問題ないという言葉で、疑いを薄めたようだ。
さすがに全て信じているという程ではないみたいだが、考えているような豪胆というか、恐いもの知らずではないと思う。
「その……申し訳ありません。どこからか、この村にシルバーフェンリルが来たという事を知ったらしく……そのために村へ来たようなのです」
「レオ様をか? まぁ、隠しておけと命令しているわけではないからな。人から人へ、話が伝わったのだろう」
「そうですね。レオは目立ちますし……ラクトスでは一緒に歩いていますから、知られてもおかしくないと思います」
「ありがとうございます。タクミ様もレオ様も、この村を救ってくれた方々……迷惑をかけたくなかったのです……そのため、なるべくレオ様の事を口外しないように、と村の者には言っておりました」
「ふむ……それで、その方はレオ様の事を知って村まで来たと言ったのだな?」
「はい。シルバーフェンリルは最強の魔物。人前に出る事も珍しいから、何か企んでいるのではないかと……そして、シルバーフェンリルを倒すのだと……」
「レオ様を、倒す?」
「はい。そのように仰っていました」
「王家の方であるならば、人間であるはずです。人間が、シルバーフェンリルを倒す事は……できないしょう」
「私もそう思うぞ、セバスチャン。……しかし、シルバーフェンリルを倒すと言っていて、王家の者か……旅をしているという事も考えると、まさかな……」
旅の人、王家の紋章を持つ人物は、レオがこの村に来たと聞きつけてやって来たらしい。
目立つし、あの巨体だしで……レオを隠そうともしていないから、どこかから知られてもおかしくないし、ハンネスさんを咎めるような気は全くない。
むしろ、気を使ってくれてありがたいくらいだ。
しかし……レオを……というよりシルバーフェンリルを倒す、か……。
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