第664話 レオに襲い掛かる人間がいました



 この世界に来てすぐの頃は、体が大きくなったけどレオが本当に最強だというのは、信じられなかった。

 俺にとっては、今までずっと一緒にいた相棒だからな……見た目は凛々しくなってしまったけど。

 ともあれ、魔物を軽々と倒したりと、この世界で過ごす中で本当に敵う相手がいないんだというのは理解して来ている。

 ラーレを魔法で、簡単に叩き落す場面を見たりもしたしな。


 俺自身がまだまだ未熟なのは置いておいて、いくら頑張っても剣を掠らせる事もできないうえ、エッケンハルトさんですら敵わないんだから、人間がレオを倒せるとは思えない。

 でも、そんなレオ……もとい、シルバーフェンリルを倒そうとするというのはなんというか、身の程知らずと言えるのかもしれない……王家の人に対して、失礼な考えだとは思うけど。


「エッケンハルトさん、知っているんですか?」


 眉を寄せ、何かに思い当たった様子のエッケンハルトさんへ問いかける。

 公爵様だし、王家の知り合いがいてもおかしくないというか、普通の事だろうから、誰なのか思い当たったのかもしれない。


「ん……む。まぁな。本当は、いずれタクミ殿と引き合わせるつもりだったのだが……こんな所におられたとはな……。タクミ殿、以前話した例の武器に関する人物だ」

「……あの方、と言っていましたね?」

「あぁ。私がタクミ殿の言う事を、すんなり受け入れた理由となる人物でもあるな」


 例の武器というのは、刀の事だ。

 セバスチャンさんだけならともかく、この場にはハンネスさんもいるから、一応ぼかしておいたんだろう。

 しかし……俺と引き合わせようとか、異世界からというのをすぐに信じてくれた理由の人、かぁ。

 王家の人だったんだなぁ……まぁ、公爵であるエッケンハルトさんがあの方という程だから、それくらいしかいないのか。

 貴族制度では、公爵の上は王家しかいないはずだしな。


「だが村長、その方はよくおとなしく従ってくれたな?」

「村の者皆で、伏してお願い致しました。……タクミ様やレオ様に、迷惑をかけてはいけないと……」

「そうか……まぁ、そういった願いを無碍にする方ではないからな。……場合にもよるが」

「……その人……その方は、シルバーフェンリルを目の敵にしているんですか? 倒すって言っているみたいですけど……?」

「いや、そうではないんだがな……少々困った考えなだけだ。まぁ、レオ様なら問題ないだろう、負ける事はない。というよりも、倒すというよりは……」


 ズズン……ッ!


「この音と揺れは!?」

「何が!?」

「……外からのようです。旦那様は、この場で。私が見て……」

「いや、セバスチャン。大丈夫だ。外で何が起こったのか、なんとなくわかる。はぁ……すまない、タクミ殿、レオ様に迷惑がかかるかもしれんが、一緒に来てくれるか?」

「え、あ、はい」


 エッケンハルトさんが話している途中で、家の外から地響きと共に揺れを感じた。

 一瞬地震かと思ったが、どちらかというと何か重い物がぶつかったというか、落ちて来たような振動と音だった。

 揺れや音は一瞬で、戸惑う俺やハンネスさんを余所に、落ち着いた様子のセバスチャンさんが外へ出ようとする。

 ただ、その顔は真剣で、エッケンハルトさんを守ろうとする意志が感じられた。


 だけど、そのセバスチャンさんを止めて、エッケンハルトさんが立ち上がって溜め息を吐きながら、俺にも一緒にと言う。

 溜め息の付き方が、クレアさんに似ているなぁ……なんて、場違いな事を考えつつ、エッケンハルトさんと一緒にハンネスさんの家を出た。


「うぉぉぉぉぉ!! 見つけたぞ、シルバーフェンリルゥゥゥゥ!!」

「ワフ?」


 外に出た俺やエッケンハルトさんの目に飛び込んだのは、遠くから叫び声をあげて刀を振り上げ、犬達と戯れているレオへと駆ける一人の男性。

 さっきの音や揺れで、護衛さん達も警戒していた様子ではあるけど、いきなり人間が駆け寄ってくるとは思っていなかったようで、驚いてその男性を見ているだけだった。


「レオ!」

「……大丈夫だ、タクミ殿」

「エッケンハルトさん?」

「……ほら、レオ様はものともしないようだ」

「あー……」


 思わず叫んで飛び出そうとした俺に、手で制して止めるエッケンハルトさん。

 どうして止めるのかと、視線を向けるとすぐに目で見るように示された。

 そちらを向いてみると……。


「ワウ……ワウ?」

「く、この! この! 卑怯だぞシルバーフェンリル!」

「ワウゥ……」


 走り込んで来た男性は、右手で闇雲に刀を振り回してはいるが……全くレオに届いていない。

 というより、レオがお座りしたまま左前足で男性の顔面に肉球を押し付けて、近寄ろうとするのを押しとどめているようだ。

 なんというか、暴れる子供を大人が制するような……レオは、卑怯と言われても、と溜め息を吐くように鳴いていた。


「はぁ……威勢はよく、本来はあのような無様な姿を晒すような方ではないのだが……いかんせん剣の腕が絶望的でな。魔法を使えば、この国……いや、世界で右に出る者はいないであろう、という方なのだがなぁ……」

「そ、そうなんですか……」


 再び溜め息を吐くエッケンハルトさん。

 そうは言われても、繰り広げられている光景は、無様という以外にない状況だ。

 魔法は凄い人らしいけど、剣がからっきしって……そんな人が刀を? それに、それならなんで魔法を使ってレオへ立ち向かっていかなかったんだろうか?


「先程言い損ねた事だが、本当にシルバーフェンリルの命を狙っているわけではないのだ。ただ、最強の魔物を倒すのは一つの使命だ、と言っているのを聞いた事がある。魔法では敵わない事が既にわかっているらしく、剣でどうにかしようと考えているようだが……見ての通りだ。命を狙っているというわけでなく、シルバーフェンリルに負けを認めさせたい、という事のようだな」

「はぁ……」


 魔法では、既に負けた事があるんだろうか?

 命を狙っているわけではないというのは、少し安心したけれど……というか、レオに負けを認めさせるのは簡単な事だと思うのは、俺だけだろうか?

 ソーセージをちらつかせておいて、取り上げたりするだけで簡単に負けを認めるのがレオだ……かわいそうだから、勝ちたいという理由でそんな事はしないが……。



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