第652話 からかおうとするエッケンハルトさんに仕掛けました



「向こうは、しばらく収まりそうにないですね……」

「はぁ……そうですね……」


 その隣では、ヨハンナさんに背中をさすられながら、セバスチャンさんも同じようになっているし……落ち着くのはもう少し後になりそうだな。

 ちなみに、レオとラーレはそんな人たちに興味はないらしく、食事の用意のために焚き火近くにいるライラさん達の方へ、さっさと移動していた。

 ちゃっかりシェリーもいるし、餌付けされているなぁ……それは俺もか。



 しばらく経って、ようやくエッケンハルトさん達乗り物酔い組も落ち着き、焚き火を囲んで夕食を頂く。

 胃の中の物を全部出したからか、エッケンハルトさんとアンネさんは、出された料理をがつがつと食べていた。

 ……エッケンハルトさんの食べ方は、前からこんな感じだったか。


「それで、こうしてタクミ殿と合流したわけだが……」

「リーザちゃんと早く合流できて、良かったですわ」

「お父様、アンネ……今更何事もなかったようにされても……」

「くっ……予想外だった、私があの程度で……セバスチャンをからかう余裕もなかった!」

「うぅ、もうお嫁に行けませんわ……」


 食後、ようやく人心地付いたところで、キリッと真面目風を装って話し始めるエッケンハルトさん。

 それに追従するようにアンネさんも。

 だが、無慈悲にもクレアさんに突っ込まれている……まぁ、今のは突っ込み待ちだったよな。

 とりあえずアンネさんは、バースラー家の次期当主で婿を取る立場のはずだから、元々お嫁には行けないだろうというのは、おかしな方向へ話が行きそうだったので、頭の中に留めておくだけにした。


「私もみっともない姿を見せてしまったが……タクミ殿、セバスチャン」

「はい?」

「何でしょうか、旦那様」

「……その帽子はどういう事だ?」

「「あ……」」


 エッケンハルトさんに対してやれやれ感を出していたら、逆に向こうから突っ込まれて思い出す。

 そういえば、ラクトスからずっと帽子を被ったままだった!

 セバスチャンさんと顔を見合わせ、脱ぐのを忘れていた事を思い出す。

 リーザとティルラちゃんの策略(?)で、帽子を付ける事になったのはともかく、意外と言うと失礼かもしれないが、着け心地のいい帽子だったおかげで、今の今まで違和感なくそのままにしてしまっていた。


 リーザ達が喜んでいたから、街を離れるまでは付けておこうと思っていたんだが……セバスチャンさんが大変そうですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 さすがハルトンさん、忘れるくらい軽い着け心地の素晴らしい帽子だ! とか考えている場合じゃないな。

 というか、クレアさんにヨハンナさん、そのほかの人達も教えてくれればいいのに。

 どうりで合流してから、クレアさん達がまともに目を合わせてくれないと思った……。


「私は、似合っていてかわいいと思いますよ?」


 絶対嘘ですよねクレアさん?

 だったらなんで、俺やセバスチャンさんとは違う方に顔を向けているんでしょうか?


「その帽子、そのセンス……バースラー家で参考にさせてもらいますわ!」


 アンネさん、バースラー家は服飾の商売もしているとかなんとか、聞いたような気もしますけど……耳付き帽子は本来リーザのための物ですからね?

 子供達、特に女の子や一部の男性には人気になるかもしれませんけど……。


「こ、これには訳がありまして……」

「ほぉ、聞こうか?」

「えーっと……そうだ。リーザ……」

「何、パパ? んー……うん、わかった! ティルラお姉ちゃん!」

「リーザちゃん? はい、はい……わかりました!」

「ん?」


 言い訳しようとする俺に、ニヤリとしてからかう気満々なエッケンハルトさん。

 どうしようかと考えてすぐ、いい事を思いついたので、荷物を漁りながらリーザに耳打ち。

 すぐに楽しそうに頷いたリーザが、さらにティルラちゃんにも伝えて巻き込んだ。

 俺から袋に入ったとある物を受け取り、動き出すリーザとティルラちゃんに、不思議そうにして首を傾げるエッケンハルトさん。


 セバスチャンさんは、俺が何を考えたのかがわかったのか、口を閉じて後ろに下がる。

 他の人達……離れて見ている人達の中で、男性は少しコッソリと少し距離を取っていた。

 エッケンハルトさんやクレアさん、アンネさんの三人は、距離が近い事とリーザ達が後ろ手に隠しているので、焚き火の心許ない明かりでは何を持っているのかわからず不思議そうに見ているだけだな。


「よし、今だ!」

「はい! 父様、覚悟です!」

「クレアお姉ちゃんも一緒ー!」

「ぬぅ!?」

「え、私?」

「一体なんですの?」


 俺の声と共に、ティルラちゃんがエッケンハルトさんに、リーザがクレアさんに駆け寄り、座っている二人に帽子を被せた。

 いきなりの事で驚くエッケンハルトさんと、自分にも来るとは思っていなかった様子のクレアさん。

 アンネさんは……うん、人数が足らなかったから仕方ない。


「お揃いー!」

「皆一緒ですよー!」

「む? むむ……ふむ……」

「意外と、お父様は動揺しないんですね。……私は少し恥ずかしいのに」

「……私には誰も……うぅ」

「まぁまぁアンネさん。はい、どうぞ」

「ありがとうございますわ」

「受け取るのねアンネ……」


 帽子を被せる事に成功したリーザ達が喜び、自分の頭に手を上げて何が起こったのか理解した様子のエッケンハルトさんは、クレアさんも言っているようにあまり動揺していなかった。

 クレアさんは……まぁ、恥ずかしがっているけど、似合っているから良しだな。

 アンネさんは自分の所に誰も来なかった事で、よくわからないまま落ち込んでいたので、もう一つ帽子を取り出して渡しておいた。

 構ってもらえた事が嬉しいのか、素直に受け取って頭に被っているな……。


「かわいいか?」

「……受け入れ過ぎでしょう。予想外でした……」

「ふっふっふ、これくらいの事で動じていては、貴族なんてやっていられないからな」

「それは関係ないと思います、お父様。えっと……タクミさん?」

「はい? あぁ、えー……うん、似合ってますよ」

「そ、そうですか……」

「私はどうなんですの!?」

「に、似合ってますよ、アンネさんも」

「当然ですわ。リーザちゃんとお揃いですわ!」

「お揃いー!」


 なぜかどや顔のエッケンハルトさん……似合っているとは決して言えないのに、なんだろうこの自信は――。



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