第651話 乗り物酔いは一人だけではありませんでした



「タクミ様、レオ様! リーザ様も……合流は明日だったと思いますが?」

「ラクトスに用があったので、一日中に追いつける今日出発したんです」

「そうでしたか」

「スンスン……」


 焚き火をしている場所、既にテントが用意されて準備が整っている場所に近付くと、ヨハンナさんが俺達に気付いて声をかけられた。

 近付きながら速度を落とし、ヨハンナさんの前でレオに止まってもらって話す。

 奥からは、何やらいい匂いが漂って来ているから、夕食の準備中だったんだろう。

 お腹が減っているからと、鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるレオ……空腹が辛くなるから、匂いはあまり気にしない方がいいぞ?


「タクミさん!」

「あぁ、クレアさん」

「クレアお姉ちゃん!」

「ワフ」

「キィー」

「姉様ー!」


 ヨハンナさんと話し、レオからリーザと一緒に降りていると、焚き火の方から俺を呼ぶ声。

 それと一緒に、クレアさんがこちらへ駆けてくるのが見える。

 リーザも、クレアさんを見て駆けて行く。

 空からはラーレが降りてきて、ゆっくり地面に落り立った。


「おっと。リーザちゃん、元気ね? ――タクミさん、予定よりも早い合流ですけど、何か屋敷の方でありましたか?」

「えへへー」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 駆けだしたリーザを受け止め、頭を撫でなでているクレアさんの問いに、ヨハンナさんと同じ説明をする。

 ついでに、野宿するにしても道具が揃っている、エッケンハルトさん達と合流してからの方がいいとの考えも伝えておいた。


「そうですね、タクミさん達が合流するのはわかっていましたから、その方が休めますものね」

「はい。まぁ、焚き火くらいはなんとかなるかもしれませんが、夜雨が降られても困りますからね」


 テントもないのに、寝ている時雨に降られたら大変だからな。

 近くに森があるから、多少はしのげるだろうけど、十分じゃないだろうし……できればテントで安心して寝たい。


「姉様ー」

「ティルラ。ちゃんとラーレに乗れたのね?」

「はい! 初めて乗った時よりも快適です!」

「そう、良かったわね……ところで……」

「ん?」

「セバスチャンが降りて来ないようですけど?」

「あ」

「すみません……誰か、手を貸して頂ければ……」


 ラーレから降りたティルラちゃんも、リーザと同じようにクレアさんの所へ。

 片手でリーザを撫で、もう片方の手でティルラを撫でるクレアさんは、優しく微笑んでいて皆のお姉さんと言った風格……実際にお姉さんなんだけども。

 二人を撫でながら、ふと顔を上げて首を傾げたクレアさんが聞いたのはセバスチャンさんの事。

 そういえば、降りてこないな……と思って振り返ると、体に力が入らないのか、顔色の悪いセバスチャンさんがラーレの背中からこちらを見て、助けを求めていた。

 ……その目は捨てられた子犬のような様子だったというのは、セバスチャンさんの名誉のために黙っておこう。


「よっ……と。大丈夫ですか?」

「……なんとか……うっぷ!」

「セバスチャンさん、こちらへ」

「すみませんね、ヨハンナさん……」

「いえ……すでに同じような方がいますので……」

「うえぇぇぇぇ……!」

「……エッケンハルトさんと、アンネさん?」


 セバスチャンさんは俺が手を貸し、ラーレから降ろしてすぐに口元を手で押さえた。

 おそらく、酷く酔ってしまったために吐き気を催したのだろう。

 多くの休憩を取れなかったから、ずっと我慢していたんだろうなぁ……ティルラちゃんの後ろで吐くわけにもいかないだろうし。

 ヨハンナさんに連れられ、ゆっくりと森の方へ向かうセバスチャンさん。


 そちらの方では、既に二人程の人間が森の端でこちらに背を向けて屈みこみ、苦しみがよくわかる声を出していた。

 あの大柄な後ろ姿は……それに、隣にいる特徴的な縦ロール……。


「はぁ……あの二人は、馬車の揺れに耐えられなかったんです。アンネはあまり外に出なかったので、馬車に慣れておらず、お父様は元々こういう事に弱かったので……」

「そ、そうなんですか……」


 クレアさんが溜め息を吐きながら、教えてくれた事で納得する。

 馬車って、結構揺れるからな……。

 道はある程度整備されていても、砂利道だし車輪はゴムタイヤですらない。

 しかも自動車のようなサスペンションもない……となれば、どれだけ揺れるのか想像できるかな?

 でも、乗り慣れないアンネさんはともかく、エッケンハルトさんまでというのは……。


 屋敷に来る時はいつも馬だったが、ラクトスや森へ行く時は馬車に乗っていたのになぁ。

 乗り物酔いは体質もあるから、仕方ない事なのかもしれないか……。


「いつもこうなんですか?」

「いえ、昨日はまだ良かったんです。まぁ、夜は少し調子が悪そうでしたけど……。原因は昨夜の雨ですね。雨で予定より進みが遅かったため、今日は急いでいた事と、地面の状態があまりよくなくて……」

「あぁ、成る程……」


 雨が降り始めたから、早めに移動を止めて野営をした。

 その遅れを取り戻そうと、今日は早く馬車を走らせたが、地面の状態が悪くていつもより揺れたのが原因という事か。

 一日だけとはいえ雨の中で野営をしているから、多少なりとも疲れがあっただろうし、その中でいつも以上に揺れて乗り物酔いをしてしまったんだろうなぁ……。

 走るレオに直接乗る俺達や、馬に乗っていれば大して変わりはなかったんだろうが、馬車だと地面のコンディションが少しでも悪いと、直接響いてしまうのだろう。


 ……本格的に、酔い止めとか酔い覚ましの薬草を作れるか、考えた方がいいかもしれない。

 薬草では駄目でも、何かと組み合わせれば薬ができるかもしれないし……。


「あ、じゃあそれでまだ少し早いのに、野営をしていたんですね?」

「はい。急いだおかげで、予定の行程は勧めたのですが、お父様たちがあの状態ですからね……」

「まぁ、馬車の中であぁなったら、大変ですからね……」


 野営を早めた理由はこのためだったか……馬車の中で吐かれたりすると、掃除が大変だろうから、仕方なかったんだろうな。


「父様、大丈夫で……臭いです!」

「ティ、ティルラ……その言葉は、世界中の父親の心が痛むぞ……うっぷ!」

「元気ない? 大丈夫?」

「大丈夫、ですわ。心配されなくてもいいので……うっぷ!」


 クレアさんと話しているうちに、エッケンハルトさん達を心配した良い子達、ティルラちゃんとリーザが背を向けている人達へとに近付く。

 しかし、悪気のない一言でダメージを与えたり、強がろうとしても込み上げる物のせいで格好がつかなかったりと、散々な様子だった――。



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