第653話 耳付き帽子の集団が出来上がりました



 耳付き帽子を付けられても動じないエッケンハルトさんは、面白そうな事を率先してやる人でもあるから、むしろ楽しんでしまうのかもしれない。

 ほんのり顔が赤く見えるのは、決して動揺していない風を装っているのではなく、焚き火の明かりのせいだろう、きっと。

 クレアさんは、俺に呼びかけるだけでどうしたのかと思ったけど、すぐに感想が聞きたいのだと気づき、似合っていると伝えると、俯いて恥ずかしそうにしていた。


 本当に似合っているのと恥ずかしそうな仕草もあって、ちょっとドキッとしてしまったが、横からアンネさんが勢いよく聞いて来たおかげで、すぐに気を逸らす事ができた。

 とりあえずアンネさんにも似合うと言うと、誇らしげに胸を張って笑う。

 こっちは恥ずかしさよりも、リーザやティルラちゃんと似たような感性なのかもしれないな……楽しそうで何よりだ。



「はぁ……旦那様にも困ったものです……」

「あはははは……まぁ、脱ぐのを忘れてた俺達も悪いんですし……」

「そうですが……いけませんね、こういう事ばかりを言っていては。申し訳ありません、タクミ様」

「いえ、帽子だけでなく、ラーレに乗ったりと大変でしたから。少しくらいはいいと思いますよ」


 エッケンハルトさん達に、帽子を被せた事による騒動の後、セバスチャンさんと二人で離れた場所で話す。

 お互い、帽子を付けているため微妙な雰囲気が漂ってはいるけど……なんというか、共感のような雰囲気もあった。

 一緒に恥ずかしい思いをした仲と言えるのかも。


「ありがとうございます。……ですが、村の者達は驚くでしょうなぁ」

「そうですね……」

「帽子の方は、まだ?」

「あぁ、ありますよ。ハルトンさんが多く作ってくれていたみたいなので。さすがに村の人全員分はありませんが」

「それは仕方ないでしょう。それに、無理矢理皆に帽子を被せるわけにもいきません。はぁ……このような思いは、私達だけで十分ですからな」

「はははは……」


 あの後、エッケンハルトさんは希望者に耳付き帽子をあげたらどうか、という提案を俺にし、数もあるから大丈夫だと許可をすると、一緒について来ていた使用人さん達の一部がこぞって被り始めた。

 まぁ、ほとんどが女性だったが……屋敷内でリーザを見たり、帽子を被っているところを見ていて、興味があったのかもしれないな。

 あと、クレアさんやアンネさんが付けているというのも大きいようだった。

 真面目そうなヨハンナさんが、帽子を付けてニンマリしているのも目撃したが……俺に見られているとわかって、涙目になってしまったので見なかった事にしておこう。


 さらにほんの一部、男性も興味をそそられて挑戦したのはいいが、他の人に笑われたりしていたのはご愛嬌……笑っていたのはほとんどフィリップさんだけど。

 鎧を身に付けているのに、耳付きの帽子というかわいいアイテムを付けるのは、さすがにアンバランス過ぎだし、思い切り過ぎだろうと思う。

 ちなみに、レオは帽子で作りものとはいえ、皆が自分やリーザと近い姿になったのがご満悦な様子だった。

 本来ランジ村の人達、特に子供達へのお土産のつもりだったんだけど、思わぬところで活躍してしまった帽子……ハルトンさんのところであるだけ買って来たので、子供達分はまだ残っているはずだ。

 まぁ、男の子が欲しがるかどうかは、わからないが。


 数は問題ないんだけど、皆が帽子を被ったのを見渡した後にエッケンハルトさんが言った事が、一番の問題だった。

 寝る時はともかく、今回の移動中では帽子を被った者はそのままに、ランジ村まで行こうと提案。

 エッケンハルトさんにはその気がなくとも、向こうは貴族が来るからと緊張しているだろうから、それを解すためと言っていたけど、一番は面白そうだからのような気がしてならない。

 確かに、耳付きの帽子を被った集団が来たら、緊張どころじゃないかもしれないけど……。

 溜め息を吐くセバスチャンさんに、俺からは苦笑しか返せないなと思いながら、夜は更けて行った――。



―――――――――――――――



「タクミさん、良かったんですか、こちらで?」

「はい。まぁ、体調が悪くなるのなら、あちらの方が楽でしょうから。本当は馬でも良さそうですけどね」

「セバスチャンも、辛そうでしたものね」


 翌朝、朝食を頂いたにランジ村に向けて皆で出発。

 俺はクレアさんと一緒に馬車に乗り、代わりにエッケンハルトさんがリーザとレオに乗っている。

 さらにセバスチャンさんは御者台に座り、ラーレにはアンネさんだ。

 エッケンハルトさんは、また馬車で乗り物酔いしたらいけないと考えての交代だが、アンネさんはラーレに興味があったようだ。


 まぁ、アンネさんなら重さは大丈夫だろうし、リーザのように小さくないから体も固定できるしで、大丈夫だろう。

 セバスチャンさんは喜んで御者台に座り、空を飛ばない事を噛みしめていた。


「お父様は、レオ様に乗った事があるから大丈夫でしょうけど、アンネは大丈夫かしら?」

「見ている限りだと、馬や馬車、レオに乗るより揺れる事はないので……。あと、空を飛ぶという事に慣れればですね。ティルラちゃんと一緒に楽しめれば、大丈夫かなと」

「ティルラは、最初の事があるので、今の状態は安心できて楽しいだけなのでしょうけど……まぁ、危険な事がなければいいですかね」


 空を飛ぶという感覚に慣れさえすれば、レオや馬に乗るより揺れたりしないからな。


「そうですね。ラーレは以前レオに怒られたので、無茶な事はしないでしょうし、レオも見ていますから。……それはそうと、クレアさん?」

「どうかしましたか、タクミさん?」

「なんで、今日は目を合わせてくれないんでしょうか?」

「……そ、そんな事はないですよ?」


 馬車の中には、俺とクレアさん、ヨハンナさんがいる。

 全員耳付き帽子を被っているという不思議な状態はともかく、馬車の中でクレアさんとヨハンナさんが隣り合って座り、向かいに俺が座っているんだが……さっきから話していて、一向にクレアさんが俺の方を見てくれない。

 ヨハンナさんはまぁ、昨日喜んでいたのを見た事が原因だろうからわかるんだけど……。

 いや、クレアさんが目を合わせない理由、実はわかっている。


 昨日似合っていると言った時には照れているくらいだったが、改めて明るい時間に帽子を付けているのを見られるのが、恥ずかしいんだろう。

 焚き火や、魔法で明かりを灯していても、今より暗くてよく見えない状態だったからなぁ――。



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