第641話 セバスチャンさんは疲労困憊なようでした



 ミリナちゃんの言葉に、そちらへ視線を向けると、薄っすらと見える影。

 真っ暗ではないが、ほとんど日も沈んでいるため、かなり近寄らないとラーレの姿は確認できそうにないな。

 レオのように感覚が鋭ければ、わかるのかもしれないが。

 ともあれ、近付いて来る大きな影を見ながら、降りて来るのを待つ。

 ……セバスチャンさん、大丈夫だろうか?


「キィ~、キィ~」

「楽しかったですねー、ラーレ」

「……」


 楽しそうな鳴き声を周囲に響かせながら、裏庭に降り立つラーレ。

 すぐに体を前に倒し、背中から降りたティルラちゃんが、感想を言いながら体を撫でる。

 後ろに乗っているセバスチャンさんは……ぐったりしているな……。


「だ、大丈夫ですか、セバスチャンさん?」

「……これが、大丈夫に見えますかな? ふぅ……お……っと」

「いえ、見えませんが……よっと……レオ、ありがと」

「ワウ」


 ぐったりしたままのセバスチャンさんに声をかけ、降りるのを手伝う。

 腕を伸ばして支えていたのだが、力が入らないのか、あぶみから足を滑らせてバランスを崩したのを、横からレオが鼻先で支えてくれた。

 降りる途中だとはいえ、一メートル以上の高さから無防備に落ちると、怪我をしてもおかしくないので、助かった。

 当たりどころが悪いと、低くても危険だからな。


「ありがとうございます。はぁ……ようやく人心地付きました。タクミ様、レオ様、申し訳ありません」

「いえ、長時間飛んでいたので、仕方ありませんよ」


 支えていた俺にお礼を言って、セバスチャンさんは大きく息を吐く。

 長い間飛んでいて、ようやく安定する地面に立てて一安心したんだろう。

 顔色が悪いまま、俺やレオに頭を下げて謝る。

 さすがのセバスチャンさんでも、長時間空を飛んでいるのは堪えたようだ。


 いつものような余裕は感じられず、血の気が引いて倒れるんじゃないかと思うくらい、顔色が悪い。

 それに対してティルラちゃんは、飛ぶ事を純粋に楽しんでいたらしく、元気はつらつ……といった具合だな。

 対照的ではあるが、好奇心旺盛な子供と、知識があるがゆえに恐怖心に苛まれる大人、という事だろう。


「でも、明日は今日より長く乗る事になると思いますが……大丈夫ですか?」

「……できれば、少々多めに休憩を取って欲しいですな。おそらくですが、レオ様とラーレの速度でしたら、多少の余裕はあるでしょうから」

「そうですね……昼食の休憩は取るとして、その他でも数回休憩するようにしましょう」

「申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」


 珍しく、弱気になっているセバスチャンさん。

 いつものなら、余裕の表情を崩さず大丈夫と言ってくれるのに、今回はそれがなかった。

 まぁ、こんな状態で余裕の表情は難しいだろうし、無理に強がってもな。

 とりあえず、ラーレはセバスチャンさんが乗っていても、ある程度早く飛べるよう慣れたみたいなので、エッケンハルトさんに追いつくのは問題なさそうだ。


 あとは、どれだけ休憩を取る時間があるかだな……とりあえず出発した後、進みを見ながら考えるか。

 ちなみにだが、本来出発までもう一日余裕がある予定で考えていたんだが、一度ラクトスに寄る事にした。

 少しくらいなら時間がありそうだったんだが、ラクトスでの用を考えると、ランジ村の手前でエッケンハルトさん達と合流するのに一日では足りないだろうとなった。

 それなら、一日早めに出発して、余裕を持ってラクトスで用を済ませ、まだ移動途中のエッケンハルトさん達と合流しよう……という事だな。


 できるだけその日のうちに合流したい理由としては、向こうは野営の荷物を持っているのに対し、こちらはレオとラーレに乗るから、多くの荷物を持てない。

 寝袋すらない状況で、野宿をしたくないなぁ……というのが、一番の理由だな。

 合流したらなんとかなるだろうし、翌日から一緒に移動したらいいだろうから、とセバスチャンさんに提案された。

 今思うと、その時からセバスチャンさんは空を飛ぶのに対して、多くの休憩時間を取れるように考えていたのかもしれない……というのは考え過ぎ、じゃないな。

 セバスチャンさんならラーレに乗っても、なんとか自分が無事にランジ村に行けるようにと、考えていてもおかしくない。


「あ、そういえば疲労回復の薬草は、役に立ちましたか?」

「それはもう。あれがなかったら、今ここに立っていられなかったかもしれません。固定されているので、落ちる事はありませんが……情けない話、体が強張ったり震えたりと、途中で痛みすら感じる始末でしてな? やはり、年には勝てないと実感しました……」

「あー、そうですか……ははは……」


 いつもは使わないような体の使い方で、筋肉とか関節を痛めたのかな?

 セバスチャンさんではないので、どうなってどういう痛みなのかはわからないが、とにかく薬草が役に立ったようで良かった。

 まぁ、セバスチャンさんは体を鍛えていたりはしないから、疲れが顕著に出たのかもしれないな……。


「ティルラお姉ちゃん、お空はどうだったの?」

「すっごく楽しかったですよ、リーザちゃん! 暗くなると、はっきりは見えなくなったのですけど、遠くまで見えるんです! それに、暗くなる前に少し光が赤くなりますよね? その時のお空は、すごく綺麗でした!」

「夕焼け、かな? ティルラちゃんは、色の移り変わりを空で見た貴重な人だね」

「夕焼け……はい、凄く綺麗でした!」

「わ~、いいなぁ……」


 とりあえず、顔色が悪いので少しお茶でも飲んで休憩をするよう、セバスチャンさんに勧めて見送った。

 その後、リーザと話しているティルラちゃんの感想に耳を傾ける。

 光が赤く……というのは多分、日が沈む直前の夕焼けの事だろう。

 この世界では夕焼けと呼ぶかはわからないが、ティルラちゃんが見たのはそれで間違いがないと思う。


 高い建物がないため、地平線まで見えるので普段から夕焼けは綺麗に見えるが、それを空からというのは違って見えるだろうな。

 一瞬、夕焼けと聞いてキョトンとしたティルラちゃんは、満面の笑みで頷いた。

 うん、貴重な体験をして、嬉しそうだな。

 リーザは、そんなティルラちゃんを羨ましそうに見ていた。

 そうだなぁ、リーザを喜ばせるためには――。



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