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第640話 慣れるための飛行を行いました
第640話 慣れるための飛行を行いました
セバスチャンさんの疲れた様子を見るに、飛ぶ事を楽しむ余裕はないみたいだ。
まぁ、速度はジェットコースターとかには及ばないが、それでも頼りない安全装置となっているベルトや掴み棒、あぶみや背もたれ程度では、恐怖を感じても仕方ないよな。
しかも、高さに耐性のないこの世界の人だし……こうなるのも当然か。
ティルラちゃんは、激しい動きをしなければあまり恐怖を感じないみたいだが、それも子供らしい好奇心が強いからなのかもな。
あと、初めて乗った時と比べれば、鞍などがある事も大きいか。
「キィ、キィ」
「ふんふん、成る程。そうなんですねー」
「……なんて言っているんだ?」
「ワフ」
「えっとねー、いつもより飛ぶ勢いが出なかった、って言ってるよー」
「あぁ、セバスチャンさんが乗ったからか」
何やら、ティルラちゃんに鳴いているラーレ。
俺にはラーレが言っている事がわからないから、首を傾げているとレオに促されたリーザが通訳してくれた。
リーザがいる時や、自分がやらないといけない時以外、レオが通訳するのは諦めたみたいだ。
まぁ、二重通訳のようになるからな……俺とリーザ以外、レオが何を言っているかわからないし。
ともあれ、いつもより勢いがないというのは、多分速度が出なかったという事だろう。
ティルラちゃんだけでなく、今回は鞍も取り付けてさらにセバスチャンさんも乗っているため、重さが原因なのは間違いないか。
細身で軽そうとは言っても、さすがに大人の男性だしな。
バランスを取る事に集中すると、速度が遅くなってしまうのも無理はないだろう。
「キィー、キィキィ……キィッ!」
「わかりました! それじゃセバスチャン、行きましょう!」
「え、は? ティルラお嬢様……どういう事ですかな?」
「ラーレが、慣れればもう少し早く飛べそうだって言っています。だから、慣れるためにまたラーレに乗って飛ぶのです!」
「うぇ!?」
セバスチャンさんから、珍しい驚きの声。
それだけ、空を飛ぶ事に恐怖心を感じたんだろう。
「早く、早く! 行きましょう!」
「キィ、キィ」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい、ティルラお嬢様。せめて、せめて少し休憩を……!」
「駄目です! 休憩していたら暗くなってしまいます。暗いと、空から遠くが見えません! 凄いんですよ、遠くまで見えて!」
ティルラちゃんは、ラーレと一緒に飛ぶ事が楽しいようで、セバスチャンさんが参っているに気付いていない様子。
クレアさんからの教育の賜物か、子供ながらにしっかりしている部分も多いが、こうして見ていると年齢相応の女の子だな。
……普通の女の子が大きな鳥型の……それも強力過ぎる程の魔物に乗って、空を飛ぼうとするかはわからないが。
まぁでも、ラーレが本当に慣れればもう少し早く飛べるのであれば、今日のうちにまた飛んでおくことに越した事はないと思う。
さっきの速度では、さすがに屋敷を出発した日の夜に、エッケンハルトさん達へと追いつく事ができそうにないからな。
せめて、あと一度か二度飛んで慣れさせておく必要があるだろう。
それにセバスチャンさんも、もう少し慣れておいた方が良さそうだ。
さっきは数十分程度だったが、明日はもっと長時間の飛行になるだろうからな。
途中に休憩を挟むにしても、今のままだと乗れなくなってしまう。
まぁ、絶対にずっとセバスチャンさんが乗っていなければいけないわけではないんだが……例えばリーザがティルラちゃんとラーレに乗って、セバスチャンさんが俺とレオに乗るとかなら、並走するからなんとかなるだろう。
体重からするとリーザも大丈夫そうだが、それは最終手段だな。
リーザが飛ぶ事に耐えられるかわからないし、セバスチャンさんが乗るとなっているのだから、そちらで慣らさないといけないから。
「……諦めましょう。セバスチャンさんも、慣れておいた方がいいでしょうから。一応、これを……」
「そう、ですな……諦めます。っと、これは……疲労回復薬草、ですか?」
「はい。まぁ、飛ぶ恐怖心とかにまでは効かないでしょうけど、疲れは取れますから。気休めでしょうけど」
「……ありがたく、頂いておきます。それでは……はぁ……」
セバスチャンさんを励ますのか、諦めさせるのか、自分でもよくわかっていない状態で声をかけ、疲労回復の効果がある薬草を渡す。
恐怖心から吐き気を催したり、慣れない飛行で酔ってしまったりする可能性もあり、物を食べるのは危険かもだが……ないよりはマシだろうと考えた。
体が固まって、妙な疲れを感じるよりは空に慣れやすいと思うから。
力なく溜め息を吐き、先にラーレに乗って催促しているティルラちゃんの、後ろに乗るセバスチャンさん。
今回は、傍で見ていてもセバスチャンさんが大変だとわかるからか、簡易薬草を観察してくれていた執事さんがラーレに乗るのを手伝っていた――。
「そろそろ、帰って来る頃かな?」
「ワフ、ワフワフ」
「もう近くまで戻って来てるってー」
「セバスチャンさん、大変そうでしたね……」
「師匠、薬の調合終わりました!」
あまりにも暇だったためにゲルダさんにお願いして、裏庭にテーブルを用意してもらい、そこでリーザとお茶を飲んで過ごしていた。
どうせ、今日も夕食はラーレも一緒にとなるんだろうし、先に準備だけを済ませておくといった具合だな。
日が落ちかけて薄暗くなり始めた頃、お茶を飲みながら空を見上げて、そろそろ戻って来るだろうラーレを探す。
レオが言うには、気配が近いから近くまで戻って来ているそうだ。
薬の調合を任せたミリナちゃんが、完了の報告をしてくれるのを聞きつつ、ゲルダさんの淹れてくれたダンデリーオン茶を飲む。
先日試した時、リーザの口には合わなかったので、レオと同じ牛乳をコクコクと飲んでいる。
苦みを感じる飲み物は、子供には受け付けられないのも仕方ないが、俺だけ飲んでいるというのは少し寂しい。
そのうち、ダンデリーオン茶を美味しいと思ってくれる人を探して、語り合いたい……何を語るかは自分でもよくわからないが。
「キィー!」
「あ、帰って来ましたよ、師匠!」
「そうみたいだなぁ……」
空からラーレの鳴き声が聞こえ、それと共に遠くから屋敷へと近付いて来る影が薄っすらと見えた。
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