第639話 セバスチャンさんがラーレに乗りました



「乗り心地はどうですかな?」

「凄いです! ラーレのフカフカはなくなりましたけど、これならきっと怖くありません!」

「それは良かったですなぁ……」

「では、次はセバスチャンさんですね?」

「……タクミ様……。そうですな。覚悟を決めましょう」


 取り付けられた鞍は、人間が二人が乗れるように工夫されている。

 というより、前にティルラちゃんが乗れるように小さめの背もたれ、その後ろにもう一つ背もたれの付いた鞍がくっ付いている、と言った方が正しいか。

 後ろの背もたれは、大人が乗る事を想定しているためか、少々大きめだ。

 前の背もたれが小さい分、邪魔にならなくもなっているようで、セバスチャンさんだけでなく一緒に誰かが乗る事を考えられている。


 ちなみにだが、前の鞍と後ろの鞍は、接合部が取り外せるようになっているため、もしティルラちゃん一人で乗る事があっても、後ろを取り外して邪魔にならないようになっているらしい。

 ラーレに乗ったセバスチャンさんに近付き、促す。

 鞍を取り付けるだけでなく、ティルラちゃんと一緒に人間が乗ってもちゃんと飛べるのかを試すのが目的だからな。

 心なしか肩を落とすセバスチャンさんだが、すぐに覚悟を決めたのか、あぶみに足をかけてラーレに乗り込む。


「……馬よりも、高く感じますな」

「大丈夫ですか、セバスチャン?」

「なんとか、大丈夫でございます。……ティルラお嬢様に心配されぬようにしませんと」


 馬のように四足歩行ではないため、縦に大きいラーレは乗っている場所が高くなる。

 翼を広げたら、馬以上に大きくなるのは置いておいて、初めて乗るセバスチャンさんを気遣うティルラちゃんに応えながら、呟いて気を取り直していた。


「キィ、キィ……」

「あ、ラーレ。ごめんなさい、もう体を起こしても……」

「申し訳ありません、少々お待ちを」

「どうしたんですか、セバスチャン? あ……」

「これをこうして……これで、体も固定されますでしょう?」

「そうですね! それじゃラーレ、今度こそ本当に体を起こして大丈夫ですよ!」

「キィー!」


 もうそろそろ……と言っているのが俺にもわかるくらい、辛そうなラーレの声。

 だが、体を起こすのを許可しようとするティルラちゃんを遮って、セバスチャンさんが後ろから手を回す。

 その手には革製のベルトのような物を持っており、それをティルラちゃんの脇の下を通して、体を固定させる。

 せもたれの方に、何やら留め具のような物があったのは、このためか。


 あぶみに掴み棒、さらにベルトで固定と、至れり尽くせりだな……これなら、多少無茶な動きをしても落ちることはないだろう。

 地面を高速で移動するレオから落ちるのも危ないが、飛んでいるラーレから落ちる方がもっと危険と考えると、これくらいするのも当然か。

 ……レオも鞍を取り付けさせてくれたら、リーザが安定して乗れるんだがなぁ。

 まぁ、そちらはレオが気遣って走ってくれるから、安全ではあるんだが。


「いいなぁ、ティルラお姉ちゃん……」

「ははは。また今度、屋敷に戻って来た時にでも、ティルラちゃんに乗せてもらえばいいさ」

「ワフゥ……?」

「あ、ママに乗るのはもちろん楽しいよ!」

「ワウ」


 羨ましそうに、ラーレに乗るティルラちゃんを見て呟くリーザ。

 それに対し、少し悲し気に問いかけるレオ。

 ラーレに乗る事ばかり気にしていたから、ちょっとやきもちを焼いてしまっているのかもな。

 リーザのフォローに、当然とばかりに頷くレオ……そこで張り合うのは、どうかと思うぞ?


「ラーレ、大丈夫?」 

「キィ! キィー!」

「うん、頑張ってー!」

「……覚悟を決めますか」


 体を起こしたラーレは、二人背中に乗っていても平気そうだ、まだ飛んでいないからだろうけど。

 後ろに傾いたティルラちゃんとセバスチャンさんは、掴み棒と背もたれのおかげで安定して乗れている様子。

 応援する声に応えるように、ラーレが翼を広げてお試しの飛行を開始する。

 後ろでは、セバスチャンさんが目を閉じて何かを覚悟している様子だったが……ちゃんと体を固定しているから、大丈夫だと思いますよ?

 それに、人間二人を乗せて飛ぶ事が難しくても、地面に激突するように落ちたりはしないだろうし、もしものためにレオもいるんですからねー。


「キィー!」

「わぁ!」

「……」


 その場で翼をはためかせたラーレは、空へと浮かんで行く。

 ……強張った表情のセバスチャンさんを乗せて。


「……大丈夫そうだな」

「ワフ」

「見えなくなったー」


 空を見上げながら、順調に飛行するラーレを見送り、鞍を取り付けてセバスチャンを乗せても大丈夫な事を確認。

 ラーレ自身が様子を見るためなのか、森から帰る時よりはゆっくりだったが、危なげな様子もなく屋敷の外へと飛んで行った。

 それはいい事なんだが、待っている間俺達はどうしようかな……。



「キィ、キィー!」

「戻りましたー!」

「……」

「お帰り―」

「ワウー」

「ティルラお姉ちゃーん」


 大体三十分程度経ったくらいで、空から降りて来るラーレとティルラちゃん達。

 待っている間暇だったので、簡易薬草畑の様子を見ながら追加の薬草を作ったり、ミリナちゃんを呼んで薬に調合する薬草を摘んだりとしていた。

 ラーレとティルラちゃんは楽しそうな声だが、セバスチャンさんは相変わらず表情が強張ったままだ。

 ……大丈夫だろうか?


「キィー」 

「ラーレ、ありがとうございます。これでセバスチャンが乗っても、大丈夫な事がわかりましたね!」

「キィ!」

「若干一名、大丈夫じゃない人もいるみたいだけど……。大丈夫ですか、セバスチャンさん?」

「ふぅ、はぁ……だ、大丈夫でございます。しかし、飛ぶというのはあれ程恐ろしいものなのですな……」


 ティルラちゃんとセバスチャンが、背中から降りるの補助するようにラーレが体を前に倒す。

 鍛錬で身に付いた運動能力のおかげか、軽々と地面に下りて喜びながらラーレに抱き着いているティルラちゃん。

 それとは対照的に、顔から血の気を引かせたセバスチャンさん。

 体が固まってしまっているからか、四苦八苦しながらラーレから降りようとしているセバスチャンさんに、手を貸して補助しながら声をかけた――。



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