第638話 ラーレの鞍が完成しました



「いえ、まだです。ですが、明日にはでき上がるかと。ラーレに取り付けて、人を乗せられるかの確認ですな」

「なら、明日試しましょう! できたらすぐです!」

「キィー!」

「ほっほっほ、そうですな。ティルラお嬢様も待ち遠しいようですし、急がせます」


 完成は明日か。

 エッケンハルトさん達に追いつくためには明後日、遅くとも明々後日には出立しないといけないから、明日試せるのなら間に合いそうだ。

 喜んでいる様子のティルラちゃんとラーレ。

 ラーレは人を乗せて、空を飛ぶ事の楽しさを共有したいのだろうし、ティルラちゃんも怖い事がなければ、また飛べるのを楽しみにしているんだろう。


「ティルラお嬢様を見ていると、今更私が辞退するわけにもいきませんな……」

「大変ですね、セバスチャンさん」

「おや、聞こえていましたか? まぁ、旦那様が面白いと思う事を実現するのも、執事の役目でございますよ」


 ティルラちゃんを見て、微笑ましそうに目を細めながらも、ポツリと呟くセバスチャンさん。

 声はティルラちゃんには聞こえていないようだが、俺には聞こえていた。

 セバスチャンさんは、聞こえた事が意外そうにしているけど、距離が近いだけじゃなく、聞かせようと呟いたような気がするんだけどな。


「まぁ、旦那様のお楽しみは、本邸に帰ると減りますからな。お嬢様方ともそうですが、タクミ様もそうです。それに、本邸では大量の仕事が待っているでしょうから。帰るまでの、せめてものお楽しみだと思う事にしますよ」

「ははは、エッケンハルトさんも大変そうですね……」


 俺やクレアさん、ティルラちゃんは本邸に行かないため、エッケンハルトさんが帰ってしまうと楽しみが減ってしまうんだろう。

 それに、長い間この屋敷にいるので、滞っている仕事も多そうだ。

 セバスチャンさんが苦笑するのに釣られて、俺も苦笑を返しながら、頭の中では山積みになった書類に四苦八苦しているエッケンハルトさんを浮かべていた。


「あ、でも……そういえばマルク君でしたっけ? あの子も本邸に送られているのでは?」

「……そういえばそうですな。もう本邸に着いていても、おかしくないでしょう」

「という事は、エッケンハルトさんのお楽しみも、向こうでまだありそうですね」

「そのようですな……これなら、私が今回の件を受ける必要はございませんでした。……今更、止める事はできないでしょうが。せめて、ラーレが私を乗せられないと断るのを祈るのみですな」

「はははは……」


 以前、リーザに石を投げた張本人であるマルク君。

 エッケンハルトさんは鍛えて教育する気だったから、本邸でもお楽しみが待っているのは間違いない。

 フィリップさんの話を聞く限り、訓練を課す時のエッケンハルトさんは楽しそうにしていたらしいしな。

 少し落ち込んだ様子を見せるセバスチャンさんに、苦笑しながら慰めるしか、俺にはできなかった……。

 ご愁傷さまです、セバスチャンさん。



―――――――――――――――



 翌日、鍛錬が終わった頃合いを見計らうように、完成した鞍を持って裏庭へとやって来たセバスチャンさん。

 今は、ラーレに取り付けている最中だ。

 鞍は馬についている物を改造していて、安定を得るために背もたれがくっ付いている。

 多分、その背もたれを付けるのに少し時間がかかったんだろう。


 クラから垂れ下がるあぶみは、足を乗せて飛んでいる時でも何かを踏んでいる事で、安定と安心感を得られるだろう。

 大きなラーレに小さなティルラちゃん乗る時に、足をかけて乗るのにも役立ちそうだ。

 前は、よじ登っていたからなぁ。

 さらに、背もたれから突き出すように、木の棒が左右に取り付けられてひじ掛けに近い形になっており、それを手で持つ事もできるようになっている。


 飛んでいる時に、何かに掴まる事ができるのは重要だ。

 鞍を見れば見る程、ティルラちゃんの安定と安心感を持てるように考えられているのがわかるが、若干不格好になっているのも否めない。

 とりあえず取り付けてみた感を、醸しているからな。

 まぁ、試作品みたいな物だし、実際に飛んでみて大丈夫そうならしっかりとした物を作るんだろう。


「キィ、キィ……」

「もう少しの我慢ですよ、ラーレ」


 鞍を取り付ける間、前傾姿勢を取るラーレは少し辛そうに声を漏らしている。

 ティルラちゃんに体を撫でられて、ジッと耐えているようだが、確かに鳥型なのだから飛んでいる時はともかく、立っている状態で前に体を倒しているのは辛いか。

 これも、ラーレが大きいための弊害とも言えるかもな。


「……レオも、あれ付けてみるか?」

「ワフ!? ワウワウ」

「そんなに勢いよく否定しなくても……。そういえば、体に何かを取り付けるのは苦手だったな」

「ワウ!」


 鞍が取り付けられる作業を見ながら、ふと思いついたのでレオに聞いてみる。

 しかしレオは、慌てた様子でブンブンと顔を横に振って嫌がっている様子だ。

 そういえば、まだレオが小さい頃、一度だけ服を着せようとした事があった。

 冬で、仕事のため自宅にいつもいられない俺が、暖房を入れておくのをケチって、寒くならないようにと考えたんだが……ちゃんと犬用の服を買ってやったのに、逃げ回って着せられなかったっけ。


 自前の毛があるから、慣れない服を着るのを嫌がる犬は多いらしいが、レオもそれに漏れず、という事だ。

 今は以前よりもさらにフカフカの毛に包まれているから、寒さには強くなっていると思うが、あの頃は体を震わせていたりもしたのに、服を着るのは絶対嫌だという姿勢を崩さなかったな。

 結局、ストーブなどの火を使うのは危険だし、エアコンの暖房をタイマーで部屋を暖める事にした。

 服を着たレオも、それはそれでかわいかっただろうに……。


「取付完了しました」

「ご苦労様です。さて、ティルラお嬢様?」

「はい、試します!」

「お、終わったようだ。行くか、レオ」

「ワフ」


 取付作業をしていた執事さんの完了報告と、労うセバスチャンさん。

 すぐにあぶみを使って、ラーレに乗るティルラちゃんを、離れて観察していた俺はレオを促して近寄った。

 空を飛ぶとなると、一応の保険でもレオが見ていた方がいいだろうしな……俺はおまけだろうけど――。



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