第637話 ラーレは一度住処まで戻っていたようでした



 一緒に走っていたリーザは元気なのに、シェリーがばてていた事を思えば、体力面で俺やティルラちゃんは確実に負けているな。

 レオは威厳を取り戻したかもしれないが、俺は逆に威厳を失ったような……?

 まぁ、元々俺に威厳があるかはわからないが……あるといいな、威厳。


「タクミさん……」

「ティルラちゃん、仕方ないよ。とにかく、俺達も負けないように頑張ろう」

「……はい」


 ティルラちゃんと顔を見合わせ、自分達の不甲斐なさを感じつつ、これまで以上に鍛錬を頑張る事を決意した。

 レオにはいずれ、一太刀を……! そしてリーザに負けないように!

 という、志が大きいような小さいような、よくわからない決意だが……。


「キィー!」

「ラーレー!」

「お?」


 決意を新たに、レオと鍛錬をしたり基礎鍛錬をしていると、空からラーレが舞い降りてきた。

 どうやら、俺達が鍛錬している間、空を飛んでいたらしい。


「キィ、キィキィ、キィー」

「そうなんですねー」


 ラーレを見て、嬉しそうにそちらへ向かうティルラちゃん。

 翼で柔らかく受け止めて、羽毛でティルラちゃんを包みながら、くちばしの先を近付けて何やら話している……というより報告している様子。


「タクミさん、ラーレは一度住処に戻っていたそうです!」

「そうなのかい?」

「キィー」

「ワフワフ」


 ラーレの住処は、ラクトスの街から北に行った山の中。

 エッケンハルトさん達が出立して、まだ数時間程度だから……ラクトスを越えたかどうかというくらいだが、空を飛ぶラーレはその間に屋敷と住処を往復してきたらしい。

 森から帰る時もそうだったが、やっぱり空を飛ぶって便利だなぁ。

 まぁ、俺にはレオがいるから、飛ぶ必要はないんだが……決して、自由に飛べるのが羨ましいとかじゃないぞ。


「でも、住処まで何しに行っていたんだ? 人間みたいに、住処から荷物を持って来た……とかじゃなさそうだし」


 ラーレは魔物。

 人間と違って服や家具なんかの、物を必要としない。

 一応、住みやすいような何かはあるかもしれないが、戻ってきたラーレは何も持っていないようだしな。


「キィ、キィー、キィー!」 

「ほえー、そうなんですねー。――えっと、人間の……私の従魔になった事を、従えている魔物? に伝えてきたらしいんです。それと、人間には危害を加えるな、とも」

「あー、成る程な……」

「ワフワフ」

「キィ!」


 そういえば、従えている魔物がいるって言ってたっけな。

 人間との共存を望むラーレは、やろうと思えばラクトスくらいどうにでもなりそうだが、争いを望まないと言っていた。

 だから、もし人間が山の中に入っても、ラーレの指示に従う魔物は人間に危害を加えないよう、注意して来たのだろう。

 セバスチャンさんが言っていたが、大物の魔物がいるという事で、人間側が掃討をする準備をしていたみたいだし……危害を加えたら、人間から逆襲があって結果として争う事になってしまう……という可能性を取り除いたわけだな。


 この事は、後でセバスチャンさんに伝えておけば、山に人が派遣される事はなくなるだろう。

 セバスチャンさんの事だから、既に手を出さないように手配していそうだけども。

 納得している俺の横で、レオがよくやったと言うように頷き、ラーレが翼を持ち上げて敬礼。

 もしかしたら、俺の知らない間にレオが指示というか、話をして早いうちに魔物が人間を襲わないようにしてくれたのかもな。


 昨日はフェンやリルルも混じって、魔物達で一緒にいる事が多かったから。

 リーザやティルラちゃんもだけどな。


「キィー……キィ?」

「でも、従わない魔物もいるみたいなので、それについてはどうしよう? って言ってます」

「キィーキ、キィーキ」

「オークとか、他の魔物もこちらの言う事を聞かないらしいです」

「あー、そこは俺だけじゃなく、セバスチャンさん達と相談しないとな。エッケンハルトさんは……クレアさんも含めて、ランジ村に行った時に相談しよう」

「はい!」

「キィー」

「ワフ」


 森にいる時に考えていた事でもあるが、知性の低い魔物……オークやトロルドは、同族以外と協力するのは難しいんだろう。

 ここで、いきなりオークも人間を襲わないと誓うとか、そんな事を言われても、今まで散々倒して肉として食べていた手前、複雑な気分になるだけだしな。

 ラーレやフェン達と違って、話し合う事もできない魔物だろうから、仕方ない。

 セバスチャンさんだけでなく、エッケンハルトさんやクレアさんも交えて、ラーレの指示を聞く魔物と、それ以外の魔物を区別し、山に人間が入った時の注意事項とすれば、大丈夫だとは思う。


 倒してもいい魔物と、倒してはいけない魔物で分ける、という事だ。

 とはいえ、さすがに危害を加えられたらその限りではないので、ラーレに従えている魔物とやらに、しっかり言い聞かせてもらわないといけないが……。

 ともかく、この事は要相談、だな。

 まぁ、森でのフェンリルと似たような扱い……触らぬ神に祟りなしと言うように、見かけても何もしないようお触れを出す程度なんだろうけど。



 鍛錬も終わり、ラーレも交えての夕食。

 ティルラちゃんの希望で、今日の夕食は裏庭で頂く事になった。

 だけど、俺の予想とは違って各所には魔法を使って照明にしていたため、蝋燭に照らされて風情のある食卓にはなっていなかった。

 まぁ、夜空を見ながらというのは風情があるんだろうけども……それは森の中で散々経験したからな。


 照明に使われた魔法は、俺も使える光を灯す初歩の魔法。

 森にいた時とは違って、念のために備える必要もないから、魔力を温存する必要性がないためらしい。

 この方が、焚き火や松明、篝火のように何かを燃やす必要がないため、安全で安上がりなんだろう……燃える火よりも明るいしな。

 セバスチャンさんだけでなく、メイドさん達も使っていたのには少し驚いたが……初歩の魔法だから誰にでも使えるものなんだろう。


「ティルラお嬢様、タクミ様。ラーレに取り付ける鞍の事ですが……」

「できたのですか!?」


 俺、レオ、リーザ、ティルラちゃん、ラーレ、といういつもより少し寂しい食卓で、ヘレーナさんの作った料理を頂いている途中、セバスチャンさんからの話。

 ラーレの事だからか、ティルラちゃんが少々前のめりだ。

 以前のような怖さを軽減されたり、少しは安全になるのだから、待ち遠しいんだろうな――。



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