第601話 食堂は大混乱に陥りました



「……そ、そうなのですか?」

「そうですよ! そんな……俺がライラさんと一緒にお風呂へだなんて……」

「タ、タクミ様?」

「あ……いえいえいえ! なんでもありません、なんでもありませんとも!」


 顔を赤くしたクレアさんに聞かれ、慌てて頷くも、顔を上げた時近くに来ていたライラさんの方へ視線が行ってしまい、言葉に勢いがなくなってしまった。

 ……想像なんて、してないぞ?

 リンゴのよう……という表現がしっくりくるほど真っ赤になってしまったライラさんは、俺に見られている事を察して少し怯えたような声で俺の名を呼んだ。

 それではっとなって、慌ててまた誤魔化す。


 一緒にというのは言い方が悪かっただけだが、今回は完全に俺が悪い。

 こんな状況でライラさんを見て止まったら、変な事を考えてると思われて仕方ない。

 顔を赤くしている女性達に、どう弁明しようかと考えつつ、視線を巡らせる俺。

 完全に、どうにもできなくなって助けを求めていた。


「ほっほっほ、若いですなぁ」

「私も、昔はあぁだったのかもしれんなぁ……懐かしい」

「ちょっと、セバスチャンさんもエッケンハルトさんも和んでないで、助けて下さいよ!」

「いえいえ、私が口を挟むなんてとてもてても……」

「自分で蒔いた種なのだから、自分でなんとかするべきではないか? 私も若い頃は今のタクミ殿のように、慌てたものだ。……まぁ、複数の女性に声を掛けていた事がバレたからだが」

「……エッケンハルトさんと一緒にされたくはないんですけど……」

「タクミ殿、それはちょっと失礼ではないか? 私も傷付くのだぞ?」


 視線の先で、暢気に笑って観察しているセバスチャンさんとエッケンハルトさんを発見。

 二人に助けを求めてみたが、助け舟を出してくれる気配はなし。

 頭の中がパニックになって、エッケンハルトさんに失礼な事を言ってしまった気がするが、今はそれを気にしている状況じゃない。

 というか、エッケンハルトさんの時は本当に自業自得なだけだろう。


「えーと、その……とにかく、変な事を考えていたわけでは……えっと、そのですね……」 

「タクミ様……その、き、気にしていませんから! わかっています。お世話ができるのであれば、私も覚悟を決めます!」

「全然わかってませんよそれ!」

「タクミさんもやっぱり……」

「やっぱりって、なんですかクレアさん!?」

「それは……とても私の口からは……」

「変な誤解をされている!? いや、誤解じゃないのかも……いえいえいえいえ……そういうわけじゃなくてですね……!」

「ほっほっほ……」

「くっ……はははははは!」


 なんとか弁解しようとする俺に、なぜか覚悟が決まってしまっているライラさん。

 さらにクレアさんが俺を見て、頬を赤らめながらもおかしな想像をしているようで、収拾がつかない。

 クレアさんが頬を染めて潤んだ目をされるのは、こんな状況じゃなければなぁ……なんて、今考えている場合じゃない!

 セバスチャンさんは微笑ましく見ているだけだし……というか、いつもなら落ち着いて冷静に場を収めてくれるような人なのに……こういう人だとはわかって来てはいるんだけどな。

 エッケンハルトさんに至っては、耐えきれずに爆笑……あぁもう、どうすれば!!


「はい! そこまでですわ! まったくクレアさんもライラ、でしたか? も。みっともないですわよ、これしきの事で取り乱して……」

「……アンネさん?」


 俺の頭の中が混乱で極まった時、食堂にてパン! という音が大きく響いた。

 それは、今まで何事かを考えていたアンネさんが手を叩いた音だ。

 皆の視線を集めて、静かになったところで大きく声を上げて怒るアンネさんは、場を収拾してくれる救世主にも見えた……俺だけだろうが。

 皆が騒いでというか、混乱していたので見かねて口を出したんだと思う。


「……これくらいの事で、取り乱して恥ずかしいですわよ? もう少し、キリッとしていて下さらないと」

「そういうアンネも、何か考えていたようだけど?」

「それはそれですわ。それに私は、皆さんのように騒いだりはしていません」

「それは……そうだけどね」

「ともかくですわ、殿方が女性を求めるのは当然の事。そして、女性が殿方をという事も、自然な事なのです。何も慌てる事はありませんわ!」

「……言っている事は確かにそうなんですけど、身もふたもないですね」

「顔も赤くなっていますしね……」

「う、うるさいですわ!」

「まぁ、うるさいですって。貴族家の者がそのような言葉を使うだなんて……」

「くっ……!」


 全員……特に混乱していた俺やクレアさん、ライラさんを睨みながら叱るアンネさん。

 しかし、その言葉で冷静になれたのか、すぐにクレアさんから反撃されてしまう。

 男性が女性を、女性が男性を……という身もふたもない事を言って場を収めようとするが、やはり恥ずかしいのか、その頬は赤い。

 妙に落ち着いてしまった俺とクレアさんに突っ込まれ、言葉だけはいつも丁寧なアンネさんらしからず、雑な返答をする。


 そこをさらにクレアさんに突っ込まれ……結局悔しそうに歯噛みする事になっていた。

 結構、クレアさんも言う時は言うなぁ……というよりもだ、アンネさんが相手だとクレアさんは公爵令嬢だとか淑女だとか関係なく、年相応の女性にも見える。

 色々注意したり怒ったりという事があったが、結局のところ、身分や年齢の近い友人関係のようなものなんだろうな……喧嘩友達みたいなものかな?

 ……それが、貴族家の人間としていい事なのかは微妙そうだが、クレアさんが楽しそうなので良しとする。


「とにかくですわ、これしきの事、あたふたするほどではありませんわ! お風呂に入るのなら、さっさと入ればよろしいのです! 私は、先に部屋へ戻らせて頂きます!」

「あ、アンネさん……ありがとうございます」


 クレアさんにやり込められても、とりあえずは皆が落ち着いた事を確認し、捨て台詞のような事を言って、さっさと食堂から出て行こうとするアンネさん。

 そんなアンネさんに声を掛け、感謝を伝えて頭を下げた。

 一応とはいえ、混乱していた場を沈めてくれたからな、俺だけだとまだ騒いだままだっただろうしなぁ――。



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