第600話 レオをお風呂に入れる話になりました



「ティルラ、ラーレへお願いするのもいいが、ティルラ自身も慣れておかねばな?」

「はい!」


 鞍の準備だけで万全とは言えないので、エッケンハルトさんが口を出し、出発までの間ちょっとした訓練をする事に決まった。

 訓練と言っても、ただラーレに乗って近くを軽く飛ぶくらいなんだけどな。

 それで、鞍を付けた時にもう一人人間を乗せても大丈夫かとか、ティルラちゃんが空を飛ぶ事自体に少しでも慣れる事ができれば、という事だ。


「よし、話はまとまったな。それでは、明日からはランジ村へ行くための準備だ。タクミ殿、ティルラ、まずは寝る前に剣の鍛錬からだな」

「それ、お父様が体を動かしたいだけでは?」

「……そんな事はないぞ?」


 話し合いが終わり、解散のムードになる食堂。

 ずっと静かだったアンネさんは、眉を寄せて考え事をしていたようなので、ランジ村へ行った時の謝罪を考えているんだろうと思う……多分。

 それはともかく、剣の鍛錬かぁ……エッケンハルトさんは体を動かしたそうに、うずうずしている様子をクレアさんに突っ込まれていた。


「すみません、エッケンハルトさん。剣の鍛錬はまた明日からでもいいですか? もちろん、怠るつもりではないんですけど」

「ん? ……まぁ、昼もやったのだから今夜くらいは問題ないだろうが、どうしたのだ?」

「いえ、レオを風呂に入れておこうかなと思いまして。森に行って随分汚れているようですし、ランジ村に行くなら綺麗にしておいた方がいいかなと」

「ワフ!?」

「ふむ……レオ様は綺麗な銀色の毛だが……言われてみれば、少しくすんで見えるような気もするな……」


 エッケンハルトさんに謝り、今夜の鍛錬をなしにしてもらうようお願いする。

 ランジ村に行くと、村の人たちに見られるのだから今のうちに綺麗にしておきたい。

 移動するのに多少は汚れてしまうだろうが、それでも今よりは大分マシだと思うしな。

 レオ、今更驚いても風呂には入れるからな? 森から帰る時もちゃんと伝えていただろうに。


「大体は、森の川で遊んではっきりとした汚れは付いていませんが、それでも毛に埃や砂が絡まっていたりしますからね」

「そうだな。レオ様が神々しい毛並でいる事は歓迎すべき事だろう。わかった、タクミ殿の今夜の鍛錬は止めておこう」

「はい、すみません」

「なに、レオ様を洗うのは、大変な仕事になりそうだからな。むしろ、その方が体への鍛錬になるか?」


 レオの体は大きいのはもう慣れた事だが、風呂に入れて洗うとなると結構な力仕事のようになる。

 エッケンハルトさんが興味を持って首を傾げるが、さすがに一緒に洗うとまでは言い出さなかった。

 ……まぁ、レオに対して畏れ多いとか、そういう感覚がまだあるからなのかもしれないが。

 そう思っていたら、テーブルの向かいで小さな手が上がった。


「はい、私もレオ様を洗ってみたいです!」

「ティルラ!?」


 小さな手を精一杯上げて主張したのは、ティルラちゃん。

 そういえば、この屋敷に来て初めてレオを風呂に入れる時も、一緒に入りたがってたっけなぁ。

 あの時はどう言って止めたんだっけ……あぁ、そうだ、俺がいるから男女で風呂へ一緒にというのは行けないから、という理由だったっけな。


「ティルラお姉ちゃんも一緒なら、私も一緒にママを洗うー!」

「リーザまでかぁ……うーん、どうしよう……」

「タクミさん……」

「タクミ様、それでしたら私達がレオ様を洗うのをお手伝い致します」

「ライラさん?」

「以前、まだレオ様がこの屋敷に慣れていないので、という事でお世話を断られましたが、そろそろ大丈夫かと思いまして……」

「そうですねぇ……」

「ワフ……」

「キャゥ?」

「ガウ!? ワゥ……」


 リーザもティルラちゃんを真似するように手を上げて、自己主張。

 まぁ、リーザに関しては問題ないような気がすがるが、さすがにティルラちゃんも一緒となるとなぁ。

 どう断ろうかと考えていたら、今まで控えていてくれたライラさんに提案される。

 確かに以前はレオがまだ慣れていない……というより、大きくなったレオに俺自身が慣れていなかった事もあって断った。


 今は、レオも嫌がったりしょんぼりしたりはするが、以前ほど抵抗したりはしないし大丈夫だろうと思う。

 だがそれも、レオから何が嫌かを聞いて気を付けたからだ。

 初めてのティルラちゃんやリーザ、ライラさんに任せて大丈夫かと言われると……首を傾げざるを得ない。

 皆、レオを洗う事に慣れていないだろうしな……シェリーがいるとはいえ、洗い方も教える必要があるだろうから。


 ちなみにレオは、風呂へ入る事を逃れられないと感じたためか、しょんぼりして溜め息を吐いていたが、シェリーに風呂が嫌なの? と首を傾げられてちょっと驚いた後悔しそうにしていた。

 どうやら、シェリーの方は風呂を嫌がったりはしていないようだ。

 クレアさんの洗い方がいいからとかだろうか?

 あ、そうだ。


「えーと、最初はやっぱり洗い方とかを教えた方がいいと思うので……一緒に入る事はできますか?」

「一緒に!?」

「っ!? ……そ、そうタクミ様がお望みであるならば、お世話のため、仕方ありません」

「やっぱり、男というのはそういう生き物ですのね……なのになぜ、私には……」

「ほぉ? タクミ殿も、中々隅にはおけんなぁ……」

「ほっほっほ、これが男性の欲望と言えますかな?」


 洗い方に関して、俺が特に詳しいという事はないと思うが、それでも初めてレオを洗うのであれば、多少なりとも助言はできる。

 人間の体を洗うのとは違うしな……シェリーもいるが、レオ程体が大きくないし風呂嫌いというわけでもないようだから、注意するべき部分は違うだろう。

 そう思っての言葉だったんだが、なぜか食堂の皆がざわついた。

 クレアさんは大きな声を上げ、手を口に当てて絶句している様子だし、アンネさんはよくわからない事を呟いて腕を組んで考え込み始めた。


 エッケンハルトさんとセバスチャンさんに至っては、面白そうなものを見る表情だ。

 ライラさんは……一度言葉に詰まった後、なぜか覚悟を決めた決意の目をさせて頷いた。

 けど、その顔は真っ赤になっている。

 うん? 皆どうしたんだ? 俺はただ一緒に入ってレオの洗い方を教えられればと思って……って!!


「いやいやいや!! 違うますよ!? その……濡れても大丈夫な服とかでですね、レオの洗い方を教えらればなぁと思っただけで! だ、男女が裸でとか、そういう事ではありませんから!!」


 慌てて弁明する俺。

 迂闊というか、言葉が足りなかった……。

 これじゃ、俺がレオをダシにライラさんへ一緒に風呂へ入ろうと誘ってるみたいじゃないか。

 ……みたいじゃなく、そのまんまか。


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