第599話 鞍を付けるようお願いする事になりました



「そしてさらに! その鞍に背もたれを付ける事で、安定性は増すはずです。これでティルラお嬢様が乗っても落ちる心配は減り、安全になるのです」

「おぉ~!」

「しかし……少々心配事もありましてな……?」

「心配事、ですか?」


 ティルラちゃんの反応に高揚しているのか、いつにも増して熱の入るセバスチャンさんの説明。

 鞍に背もたれか……確か馬に乗って走らせる時は前傾姿勢になる事が多いはずだから、ゆったり座れるようにするのはいい案なのかもしれないな。

 その方が長時間乗っても、ティルラちゃんが疲れたりはしないだろう。

 あまり詳細を理解していないながらも、感激の声を上げるティルラちゃんに対し、セバスチャンさんは声を沈ませた。

 心配事って、どういう事だろう?


「ラーレが、その鞍を受け入れてくれるかですな……」

「あぁ……」

「元々、ティルラお嬢様の従魔になるまでは山で暮らしていたようですし、人間ともかかわりを持っていませんでした。体に何かを付ける、というのに納得してくれるかわかりません」


 野生の動物……いや、野生の魔物だったから、体に何かを付けるという事にラーレは慣れていないだろう。

 野生ではなくとも、犬だって人間が作った服を着せたりするのを、嫌がったりするからな。

 慣れれば平気な犬も多いが、レオは嫌がったからなぁ……。

 今なら意思疎通もできるし、お願いしたら大丈夫かもしれないが、以前まだマルチーズだった時は冬に寒いだろうと思って服を着せようと思ったんだが、全力で逃げられたっけか。


「ワフ?」

「いや、なんでもない。……今は特に何かを付ける必要もなさそうだな」


 俺がレオを見て考えていたら、それに気付いて首を傾げられた。

 朝晩あまり寒くない気候のおかげもあるが、森では外で寝てても平気そうだったから、今は服とか着せる必要もなさそうだ。

 というより、体が大きいから服を作るにも苦労するし、鞍を付けなくともフワフワの毛があるおかげで、レオへ乗るのに不便さはない。

 レオ自身も、乗っている人間に気を使って走ったりもしてくれるしな。


「ラーレ、嫌がりますかね?」

「……聞いてみないとわかりませんな」

「ティルラ、お願いできるか?」

「わかりました! 後で聞いておきます!」


 首を傾げるティルラちゃんに対し、嫌がるかどうかは不明と言うセバスチャンさん。

 話を聞いていたエッケンハルトさんが言うと、頷いてティルラちゃんがラーレに聞く事となった。

 もし嫌でも、ティルラちゃんがお願いしたら承諾しそうだな、ラーレ。

 もしもの時は、レオにお願いさせれば大丈夫そうだが……それはさすがに強制に近いので、やらない方がいいか。


「それに付け加えて、特注のティルラお嬢様用の鞍には、もう一つ後ろに鞍が付けられる仕様となる予定です」

「もう一つですか?」

「これもまた、ラーレに聞かなくてはいけない事だとは思いますが……ティルラお嬢様の後ろにもう一つ鞍を付ける事で、もう一人乗れるようにと考えております。そうして後ろから支える事で、さらに落ちる危険性をなくすためですな。これには、馬に乗れる人物が最適でしょう。ラーレと馬では勝手が違うかと思いますが、鞍やあぶみの扱い方は熟知しているでしょうから」

「ですがセバスチャンさん、ラーレは元々ティルラちゃんくらいしか乗せられないかもしれない……って言ってたはずです。後ろで誰かが支えるというのは大事だとは思いますが、それで空を飛べるかは……」


 元々、ティルラちゃんが軽そうだから……という理由で、従魔契約をする候補として挙がったわけだからな。

 もう一人人間を乗せる事になれば、それが体重の軽い人であっても、大人の人間一人以上の重量を乗せる事になってしまう。

 その際に、空を飛ぶ事に対するバランスがどうなるかが問題だろう。


「はい。なので、これもラーレに聞いて見なければ実行できないと考えています。まぁ、物を作るのは既にしておりますがな。ですが、おそらく大丈夫とも考えています」

「そうなんですか?」


 とりあえず物を先に、というのはわかるんだが、セバスチャンが大丈夫というのは何を根拠にしているんだろうか?


「ラーレは、今まで何かを乗せて飛ぶという事をした事がない。なので、ティルラお嬢様のような軽い人間なら大丈夫だと判断しました。ですが、鞍を付ける事で重さはまだしも、バランスはとりやすくなるかと。もし駄目だった場合は、諦めるしかありませんが……」

「きっと大丈夫です。森から戻る時に、ラーレは人を乗せるのは予想よりも楽だって言っていましたから!」

「そうなのかい?」

「はい。だから、空を飛んでいる……ラーレは空を泳ぐと言っていましたけど、泳ぎながら色々とやってみたくなったみたいです。その……あの時の動きも、そのために……」

「あぁ、そうだったんだ……」


 実際に人を乗せた事がなかったからわからなかったが、ティルラちゃんを乗せて飛んだ事で、思ったよりも簡単だとわかったんだろうな。

 それで調子に乗って、体を上下したり回転させたりしたくなったんだろう。

 空を飛べない俺達からするとラーレの感覚はわからないが、泳ぐというのはいい得て妙なのかもしれない。

 地上から見ていると、空という海を泳いでいるようにも見えたからな。


「ですので、その鞍が完成すればランジ村への移動も、問題はないかと。まぁ、もしもの時はレオ様には悪いですが、ティルラお嬢様を休ませるか、タクミ様達と一緒に乗せて運んで頂ければ良いかと」

「ワフ!」


 ラーレの方で問題がなければ、これで長時間飛べる可能性が広がる。

 まぁ、慣れない事だからティルラちゃんが途中で疲れてしまう事は、否定しきれない。

 緩和はされるだろうがな。

 その際には、ラーレから降りて俺やリーザと一緒にレオに乗って移動すれば問題はなさそうだ。


 顔を向けて頭を下げるセバスチャンさんに、任せろと声を出して頷くレオ。

 最悪の場合は、ティルラちゃんを休ませる必要も考えておいた方がいいだろうが、レオなら俺やリーザも一緒だから、多少疲れていても落ちる危険はないだろうからな――。



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