第598話 セバスチャンさんが喜々として説明を始めました



 俺がラーレの方が速いかも? と言ったのに対し、レオが抗議して納得のいかない声を出していたが、そもそも地上を走るのと空を飛ぶのでは色々と違い過ぎるからな。

 空を飛ぶのは風の影響……がどうなるのかはラーレに聞いてみないとわからないが、地形の影響を受けないのが大きい。

 当然、人とすれ違う必要もないし、木や建物の障害物も関係ない。

 坂や道の状態すら関係ないのだから、雨や強風とかでもない限り、空を飛ぶ方が有利だ。


 見ていた限りでは、森から帰る時にラーレはかなり加減して飛んでいたようだから、地上を走るレオに合わせるくらいはできるだろう。

 もし全力のレオの方が速いとしても、俺やリーザが乗っている速度より遅いという事はないはずだ。

 調子に乗って変な軌道で飛ばなければ、落ちる可能性も少なそうだしな。


「ただ、長時間乗っている事になるのが少し心配ですかね……?」

「タクミ殿が言うのなら、大丈夫なのだろうが……確かにそれは心配だな。馬と同じに考えていいのかわからんが、長時間乗って移動というのは、存外疲れるものだ。もし疲労によって落ちてしまう事になったらと考えると……」

「まったくティルラは……。仕方ありませんね。……セバスチャン?」

「はい……」


 許可を出してからになってしまったが、一番問題になりそうなのは、ティルラちゃんの疲労。

 レオに乗っているのもそうだし、馬に乗っているのも長時間となるとどうしても疲れてしまう。

 ラーレにしがみ付いていれば大丈夫であっても、疲れで力が緩んでしまえば、落ちる可能性が増えてしまうからな。

 エッケンハルトさんと顔を見合わせて、その事を考えていると、溜め息を吐いたクレアさんがセバスチャンさんに促した。

 おや、何か考えがあるのかな?


「クレアお嬢様は、ティルラお嬢様がまたラーレに乗りたがる事を予想していましてな?」

「絶対、言い出すと思っていたからね。こんなに早くだとは考えていなかったけれど」

「ありがとうございます、姉様!」

「気持ちはわかるから、気にしなくていいわよ? ……私だって、レオ様にもっと乗ってみたいのだから」


 喜ぶティルラちゃんに、優しく微笑むクレアさん。

 成長を認めても、やっぱり妹思いのいいお姉さんだ。

 それはともかく、また今度クレアさんをレオに乗せて、走らせるよう予定を考えてみるか。

 それこそ、ランジ村手前で合流した後、移動の際にはクレアさんがレオに乗ってもらうのもいいかもしれないな。

 最初からレオに乗って、俺やリーザと一緒にとなると、娘との小旅行のような気分でいるエッケンハルトさんが拗ねてしまいそうだから、提案しないが。


「まだ着手したばかりなのですが、おそらく数日中には完成するかと思います。旦那様の出発からずらすのであれば、間に合うかと」

「それで、その考えている事ってなんですか? 完成というからには、何かを作っているんでしょうけど……」


 笑い合う姉妹を微笑ましく見ながら、セバスチャンさんが言う。

 完成するって事は、何かを作っているんだろうが一体何を考えているのか聞いた。

 それを待っていました! と言わんばかりに、セバスチャンさんの目が怪しく……いや、嬉しそうに光ったような気がする。

 ……そうだった、セバスチャンさんは説明する事に生き甲斐を感じるような人だったな……誰かが興味を持って聞いてくるのを待っていたんだろう。


「それはですな……鞍です!」

「鞍? というと、馬とかに付いているあれですか?」

「他に鞍という物があるかはわかりませんが、その鞍ですな。馬でもそうですが、人間が乗る以上馬も人も負担がかかります。これを軽減するための物となります。ティルラお嬢様がラーレに乗る際に、疲れを感じにくくさせる事、落ちないよう安定させる事を目的としています」


 少しだけもったいぶった後にセバスチャンさんが言ったのは、鞍だった。

 この世界に来て、俺自身は馬に乗った事はないが誰かが乗るのを見た事はある。

 それに、日本にいても競馬だので鞍を付けているのは見た事がある人がほとんどだ。

 だが、その役割については詳しく知らない……馬にかかわる事をやっていないから、当然と言えば当然なんだがな。


 そんな俺の様子を察したのか、喜々として説明を始めるセバスチャンさん。

 クレアさんとエッケンハルトさんは、また始まったか……というような表情をしていたが、わからない事を説明してくれるのはありがたいので、静かに聞く事にする。

 まぁ、誰にも止められそうにないしな。

 ティルラちゃんは、自分がラーレに乗るための事だから、目を輝かせて聞いていた。

 それがまた、セバスチャンさんの説明魂とでも言うのか、内心に火を付けたようで、段々と説明へ熱がこもって行った。


「鞍があれば、あぶみも付けられます。あぶみがあれば、足を置く事ができるのでただ乗っているだけよりも安定性と安心感を得られる事でしょう。そうする事でティルラお嬢様がラーレに乗って飛ぶ事への恐怖心をなくし、ラーレの方もティルラお嬢様を安心して乗せられるという算段ですな。そして、鞍に座ったティルラお嬢様を何かで固定する事により、もし森から帰る時のような動きをラーレがしたとしても、落ちる事はなくなるのです!」

「ほへー……セバスチャン、すごいです!」

「そうでしょうそうでしょう」


 成る程な……空を飛んでいるが、鞍とあぶみがある事で乗っているティルラちゃんを安定させるのか。

 そうする事で疲労も軽減できるだろうし、なにより飛んでいるラーレも動きやすくなるだろう。

 乗っているティルラちゃんが怯えたり、変に動いたりすると飛びにくいだろうしな。

 あぶみに足を乗せる事で、空を飛んでいるという不安定な状態や不安感を減らす事もできる。

 体を固定できるのなら、もしもラーレの体が傾いても落ちる心配は減るしな。


 なんとなく、役割を理解して頷く俺とエッケンハルトさん。

 ティルラちゃんはわかっているのかわかっていないのか、セバスチャンさんに輝く目を向けて無邪気に喜んでいた。

 リーザは……うん、ちょっと難しかったな……首を傾げて一生懸命考えているが、あまり鞍の事を理解できないようで、難しい顔をしている。

 セバスチャンさんは、説明できる事と、ティルラちゃんが喜んでいるのを見て嬉しそうに頷きながら、説明を続けた――。



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