第602話 アンネさんは爆弾投下が得意なようでした



「礼には及びませんわ。……タクミさんは今度、私と一緒にお風呂へ入りましょう? 背中を流させてあげますわ。そ、それでは……」

「んな!?」

「は!?」

「……アンネリーゼも言う時は言うのだな。大胆どころではなく、問題発言だとは思うが」

「ほっほっほ。若い者を見ていると、こちらまで若返った気分になれますなぁ」


 俺の言葉を受けて、一瞬だけ振り返ったアンネさんは、問題発言を残してさっさと食堂を出て行ってしまった。

 一緒に風呂って……大胆過ぎるどころか爆弾発言だろうに……いや、さすがに行ったりはしないぞ?

 あと、俺よりクレアさんの方が反応が早かったが、それはどうでもいい事か。

 とりあえず、笑って楽しんでいるエッケンハルトさんとセバスチャンさんをどうにかして、ライラさんにもレオの洗い方を教えないと……。


「皆、なんでこんなに騒いでるんでしょう?」

「ティルラお姉ちゃんもわからないのに、私にはわからないよ。……ママはわかる?」

「ワフ……ワフゥ……」


 アンネさんが置いて行った爆弾をどう処理しようかと考えながら、食堂の扉から視線を戻すと、皆が何故騒いでいたのかわからない様子のティルラちゃんとリーザが、首を傾げているのが見えた。

 うんうん、二人はまだわからなくていいからなー?

 ……レオの呆れたような溜め息とジト目が、ちょっと痛い。

 レオにとってはあまり良くない事かもしれないが、ライラさん達に教えつつ、綺麗に洗ってやるから。

 あと、ちゃんとブラシで毛を梳いてやるからな……レオ、あれ気持ち良くて好きなはずだから、それで許してくれ……。



「タクミ様、お待たせしました」


 食堂での混乱後、アンネさんの爆弾はとりあえず聞かなかった事にして、クレアさんから俺が見に行かないように監視するような視線を受けつつ、レオの洗い方を教える事に決まった。

 いつもゲルダさんや他の使用人さん達と同じように、メイド服を着ているライラさんだが、作業着ではあるものの、さすがに風呂で濡らすのは避けたいらしく、別の服に着替えてもらった。

 いつもとは違う服装に、珍しさやら何やらを感じるが、それは表に出さないようにする。

 さっきの食堂のように、おかしな事になっちゃいけないからな。


 ちなみにライラさんの服装は、ラクトスの街で見かけるような平均的な服装だ。

 街に行けば珍しい恰好とは言えないんだろうが、いつもメイド服姿を見ているため、逆の印象を受けるのだから、慣れって不思議だ。


「タクミさん、お待たせしました」

「クレアさん。ライラさんも準備ができたので、入りましょうか。レオも待ってますし……少し落ち込んでいますけど」

「リーザ様やティルラお嬢様も待ちきれないようですからね」

「ふふふ、はい。楽しみですね」

「ははは、レオが落ち込んでいるのがですか?」

「そ、そうではないですよ? その、レオ様を洗える事が、です。タクミさんもいて下さいますし」

「そういうものですかね?」


 なぜかクレアさんも、レオの洗い方を教えて欲しいという事で、一緒に入る事に。

 クレアさんの方も、ライラさんと同じような服装なんだけど、こちらは元々ある高貴な雰囲気というか、隠しきれない淑女としての気配のようなものが滲み出ている気がした。

 なんというか、お姫様が無理を言って庶民と同じような格好をして、お忍びで街に行く……とか、そういう印象だ。

 行くのは街ではなく、レオを洗うための風呂場なんだけどな。


 ともあれ、観念してはいるものの、落ち込んだ様子のままなレオは先に風呂場で待機。

 中からはライラさんに濡れても大丈夫な着替えさせられて、服を着たままのティルラちゃんとリーザが一緒にいる。

 脱衣場の方まで二人がはしゃいでいる声が聞こえるが、レオの声が聞こえないのは仕方ないのかもしれない。

 先程の食堂での混乱を忘れるように、クレアさんやライラさんと朗らかに話をしながら、脱衣場から風呂場へと入った。


「レオ……最初からそれでいいのか?」

「スピー」

「そうか……」

「ママのお腹柔らかーい!」

「フェンやリルルもそうでしたけど、レオ様も触り心地がいいですねー!」


 風呂場に入ってすぐ、最初からお腹を出してひっくり返っているレオを発見。

 一応訪ねてみるが、耐えるように硬く口と目を閉ざしているので、鼻から抜ける息だけで答えていた。

 観念というか、諦めているという事なんだろうと察する。

 ティルラちゃんとリーザは、そんなレオのお腹をフェンやリルルにしていたように撫でて喜んでいる。


 とはいえさすがに、レオの方はそれどころではないらしく、気持ち良さそうという様子ではないな。

 レオを早く解放してやるために、さっさと始めるか……。


「まずはこうして……大まかにお湯をかけて全身を濡らします。これで、大雑把に埃なんかを落とします」

「これは……中々大変ですね……」

「クレアお嬢様、それは私が……」

「これくらいは大丈夫よ。私だって、レオ様を洗ってみたいのだから」

「はい……」

「レオ様行きますよー!」

「ママー、温かいお湯だよー!」

「スプー!」


 手本を見せるように、桶でお湯をすくってレオへとかける。

 見ていた皆もそれぞれに桶を持って続くが、ライラさんはクレアさんも動いている事に気が気じゃないようだ。

 使用人として、主人でもあるクレアさんに働かせるのは気が引けるのかな?

 ティルラちゃんとリーザは、楽しそうに勢いよくお湯をレオへかけていた。


 目を閉じていたのもあって、色んな所からお湯を掛けられて体をビクッと反応させるレオ。

 体が大きいから、それぞれお湯をかける場所が違うのだが、備えていても違う場所からお湯を掛けられて、驚くのも無理はないな。

 嫌がったり、暴れたりしなくて偉いぞ。


「今までこれを一人でやっていたんですよね。想像はしていましたが……想像以上でした」

「ははは……まぁ、体が大きいですからね。今は鍛錬をして体を動かしていますけど、その前はいい運動と思ってやっていましたよ」

「わかってはいた事ですが、シェリーとは大違いですね」


 レオにお湯を次々とかけながら、ライラさんやクレアさんと話す。

 馬よりも大きいレオの全身を洗うのは、力仕事に近い物があるからなぁ。

 以前は小さかったし、シャワーもあったから楽だったんだが……それでも、ちゃんと綺麗にしてやりたかったから、特に辛いとは感じていない――。



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