第587話 シェリーは走り疲れているようでした



 実は俺が薬草を作り始める少し前、レオとラーレたちが遊び始める前から、シェリーは裏庭を駆け回る……じゃないな、ジョギングのように走らされていたから、疲れるのも当然だった。

 森へ行く前と違って、後ろからレオが追い立ててはいない分、スローペースの走りだったから長時間走れたんだろう。

 ダイエットのためとはいえ、さすがに厳しいか。


「……レオに見つかったら、怒られるかもしれないぞ?」

「キュゥ、キュゥ……」

「あぁ、だから俺の所に来たのか……」


 レオは今、空を飛んで動き回るラーレを捕まえるように、飛んだり跳ねたりしているから、シェリーがここに来た事にはまだ気づいていないようだ。

 本気になれば、ラーレを捕まえられるんだろうが、ティルラちゃんとリーザが背中に乗っている事と、遊びだから手加減してるんだろう……ラーレの方は必死で飛んでいる様子だが。

 ともかく、休んでいる事をレオに知られたら怒られるんじゃないかと思ったが、シェリーは中々よく見ているらしい。

 俺の所にいれば、レオも激しく怒れないだろうと思って、ここに来たと言っているようだ。


 まぁ、あまり厳しくし過ぎるのもかわいそうだから、俺の近くにいればレオを宥める事になるだろう。

 まだ小さいのに、これで結構計算高いんだな、シェリー……。

 フェンリルとしての戦闘能力よりも、実は頭脳派なのかもしれない。


「どうぞ、シェリー様」

「キャゥ! ガブガフガフブ……」

シェリー、そんなに必死になって飲まなくても……って、聞いてないな。――ライラさん。ありがとうございます」

「いえ、このくらいは。それよりタクミ様も、そろそろ一度ご休憩なさっては?」

「んー、そうですね……」

「師匠、休憩ですか?」

「タクミ様、休憩しますか?」

「うん、休憩しましょう!」

「畏まりました。今、お茶をお持ちしますので……」


 手を止めてシェリーと話していると、横からライラさんが水の入った深皿を差し出してくれる。

 どうやら、疲れ果てたシェリーにと、水を入れて来てくれたらしい。

 シェリーは、感謝するように一度ライラさんへ吠えると、勢い込んで鼻先を深皿へ押し付けるようにして、水を飲み始めた。

 水を飲んでいるというより、溺れているような音を出していたから、一瞬溺れるようになっていたシェリーの父親、フェンを思い出したが……深皿とはいえ本当に溺れる事はないだろうと、止めるのを諦めた。

 声をかけても、必死で聞こえてないみたいだしな。


 ライラさんにお礼を言うと、俺にも休憩するように勧められた。

 俺自身は休憩しなければいけない程疲れてはいないんだが……休憩という言葉を聞いたミリナちゃんとゲルダさんの様子に、一息入れる事に決めた。

 ミリナちゃん達は、薬草を摘むために低い姿勢を取っているから、俺よりも疲れているだろうし、俺が休むと言わないと、休みにくそうだしな。

 俺に遠慮せず、疲れたら休んでいいと思うんだが……よく考えれば日本でも上司が休まないと、部下である俺達も休み辛かったから、そういうものなのかもしれないな。

 ……俺の直接の上司は、ほとんど休憩しているようなもので、部下に仕事を押し付けてばかりいた気もするが……。


「ワフ? ワウ!」

「キャゥ!? キュゥ……」

「お? ははは……レオ、ちょっと休むくらいは許してやっていいんじゃないか? ずっと走りっぱなしってのも、辛いだろ?」

「ワフ……ワフゥ……ワフワフ!」

「キャゥ!」


 ライラさんの淹れてくれたお茶を飲んで、しばしの休憩をしていると、ティルラちゃんとリーザを乗せたレオがこちらに近寄ってきた。

 俺の足元で寛いでいるシェリーに対し、一度首を傾げた後、怒るように吠えるレオ。

 シェリーは、レオの接近に気付いていなかったらしく、驚いた声を上げてすぐ、謝るようにしながらか細く鳴いた。

 さすがに、ずっと走らせているのはかわいそうなので、俺がレオに休憩させるように言うと、仕方ないなぁ……と言うように鳴いた後、シェリーに対して吠える。


 仕方ない、休んだらまた走るんだぞ! と言っているようだな。

 まぁ、体を鍛えたりダイエットをするのに、走るのは最適だと思うし仕方ない。

 というか、レオやシェリーのような四足歩行の生き物で、体を鍛えるのに走る以外の方法が思いつかないな……。


「どうぞ、ティルラお嬢様。リーザ様も」

「ありがとうございます、ライラ!」

「ありがとう、ライラお姉さん。――えへへー、パパと一緒!」

「レオ様にはこちらを……」

「ワフ!」

「ありがとうございます、ライラさん、ゲルダさん」


 レオとシェリーのやり取りを見ているうちに、ササっと準備をしてくれたライラさんが、ティルラちゃんとリーザのお茶も用意してくれる。

 ゲルダさんは、牛乳が注がれているレオ用のバケツのような器を運んで来てくれた後、ラーレの方へ水を持って行った。

 ティルラちゃんがライラさんにお礼を言って、レオから降りて椅子へと座り、リーザもそれを真似してお礼を言いながら俺の隣へ座る。

 お茶が注がれたカップは皆一緒なんだが、リーザは俺と同じ入れ物で飲める事が嬉しいようだ。

 ……うん、やっぱりリーザは可愛いなぁ。


「パパ、あれってパパが作ったの?」

「ん、そうだよ。ライラさんやゲルダさん、ミリナちゃんにも手伝ってもらったけどね?」

「師匠、私達は手伝いましたけど、作ったのは師匠ですよ?」

「そうだけど、俺一人じゃこんなに早く準備できなかったからね。量が多いし、まだ残ってるし……」

「パパもライラお姉さんも、ゲルダお姉ちゃんもミリナお姉ちゃんもすごーい!」


 遊んで喉が渇いていたんだろう、リーザがゴクゴクとお茶を飲んだ後、テーブルの真ん中に置いてある包まれた薬を示して、俺を見上げた。

 作った事を認めつつ、ライラさん達も手伝った事を教えると、ミリナちゃんからの指摘。

 確かに直接作ったのは俺だけど、一人ではもっと時間がかかっていただろうしな。

 リーザは嬉しそうにしながら、俺だけでなくライラさん達全員を褒めていた。


 それを朗らかに見るライラさんやゲルダさん……レオもだな。

 というか、あれだけ並々とあった牛乳をもう飲んだのか? それだけ喉が渇いていたんだろうが、早いな……。

 リーザも前に手伝った事はあるはずなんだが、それでも遊んでいるうちに薬ができているのがすごいと思ったんだろう。

 ともあれ、この先また走り回らされる事が決まっているシェリー以外は、和やかな雰囲気でテーブルを囲み、しばしの休息をした――。



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