第531話 森からフェンリルが現れました



「しかしレオ、大丈夫なのか? 以前はフェンリルがいくらいても問題ないって言っていたけど……」

「ワウ。ワフワフーワウワウ」

「もし何かしようとして来ても、軽くひねるから大丈夫……か。まぁ、レオならできるんだろうけど……程々にな?」

「ワフ」


 シェリーのパパとママという事は、少なくともフェンリルは二体いる。

 オークと戦うシェリーを見たが、まだまだ子供と言える大きさでもオークから傷付けられる事はなく、魔法であっさり倒していた。

 それを考えると、成長して大人になっているフェンリルはどれほどの強さなのか……と少し心配になったが、やはりレオにとっては特に問題ではないらしい。

 以前にも聞いた事だが、確か……本能で服従するとか、もし襲って来ても、何体いようが関係なく簡単に倒せる……とかだったな。


 本当、レオにとって危険な相手っていうのはいるのか疑問だ。

 最強と言われるからには、確かに他とは隔絶するような能力何だろうというのは、なんとなくわかるがな。

 というか、レオが察知していた匂いや気配で、覚えがあるようなないような……というのは、シェリーに近い気配だったからなのかもしれない。

 シェリーと同じフェンリルであり、大人のフェンリルだから似たような匂いや気配がしたんだろう。

 それにシェリーは森の中ではなく、屋敷でクレアさんと暮らしているから、匂いが多少違っていてもおかしくないしな。


「キャゥキャゥ!」

「わかったわ。――タクミさん、レオ様も大丈夫と言っておられるんですよね?」

「はい。もし襲って来ても問題ないとの事です」

「わかりました。お父様、皆。少し下がりましょう。シェリーが両親と挨拶したいようです」

「……わかった。レオ様が言うのであれば、間違いはないだろう。フィリップ!」

「はっ!」


 レオの許可を取ったシェリーが、今度はクレアさんの方へ行き、何かを伝えるように鳴く。

 頷いたクレアさんが、今し方話していた俺とレオの会話を確認する。

 もう一度頷いて、エッケンハルトさん達にクレアさんが声をかけた。

 エッケンハルトさんもレオが言う事を信用してくれたようで、フィリップさん達に声をかけて少しだけ下がった。


 ついでに、フィリップさんと協力して、アンネさんを引きづって連れて行ってくれた。

 フェンリルに向かって飛びついたりとか、変な事をしそうだったから、助かります。

 危険な魔物であるフェンリル相手に、警戒していたらそんな事はしないと思うが、アンネさんだしな……シェリーをかわいがる姿を見ていたら、止めるのも聞かずに行動しかねない。

 護衛さん達が下がってくれたおかげで、川のすぐ近くに残っているのは俺とレオ、レオに乗っているリーザとシェリー。

 それと、シェリーを従魔にし、主になっているクレアさんだな。


 一応、リーザも下がっていてもらいたかったが、レオに乗っている方が安全かと思ってとどまった。

 リーザなら、アンネさんのように突拍子もない行動をしたりはしないから、大丈夫だろう。


「ワフ」

「キャゥ」

「もうそろそろのようですね」

「そのみたい、ですね」


 レオとシェリーが川の方を見て鳴き、俺とクレアさんが頷き合う。

 リーザは、何が行われるのかワクワクしている様子で、川の向こうを観察しているが、レオやシェリー程感覚が鋭いわけでもないようで、首を傾げたりもしていた。

 後ろに下がった護衛さん達やエッケンハルトさんは、念のためと剣を抜いて持っている状態だ。

 いくらレオが言ったからといっても、危険なフェンリルが来るとわかったんだ、警戒するのも当然かな。


 それから数分、皆で川の向こう……木々が密集している森の方を見続ける。

 レオやシェリーには、匂いや気配で近付いて来ているのがわかるが、俺やクレアさん、リーザにはわからない。

 木々に遮られて奥が見えないため、本当にフェンリルが近付いて来ているのかどうかすら怪しいが、そこはレオの言う事を信じよう。

 レオが嘘を言うわけもないしな。


「ワフ!」

「キャゥー!」


 レオとシェリーが吠えた瞬間、川の向こうで木々が揺れ、十メートル以上離れている場所にも拘らず、ガサガサッと大きな音が聞こえた。

 足音じゃなく、木や草を揺らす音か……それだけ、大きいのか勢いよく走っているのか……。

 そう考えていた時、一際大きな音を立てて木々が揺れ、影のような物が森から飛び出した!

 影……フェンリルか!?


「キャゥ、キャゥー」


 シェリーが嬉しそうな声を響かせる中、その陰は空中で二つに分かれ、こちらとは反対の川辺に着地。

 毅然とした立ち姿でこちらを見据えていた。


「あれが、フェンリルの成長した姿……」

「そのようですね……」


 クレアさんと二人、川の向こうにいるフェンリル二体を見て息を飲む。

 離れていてもはっきりとわかる大きさは、当然人間よりも大きい。

 さすがにレオよりは二回りほど小さく、馬よりも小さいくらいだが、それでも十分な大きさだ。

 白い毛並みは、日の光を反射して輝いて見える。


 レオと比べると、少しふっくらとした体型に見えるのは、フワフワな毛が全身を覆っているからだろうか……。

 だがその顔は、レオに負けじと劣らず精悍で、格好良い狼そのものだ。

 白い毛でフワフワの毛……多分、ホッキョクオオカミが一番近い見た目だろうか……大きさはそれよりも大きいだろうけど。


「ワォォォォォォォォン!!」

「キャゥゥゥゥゥゥゥン!!」

「ウォォォォォォォォン!」


 向こうから、フェンリルのうち一体が顔を空へ向け、大きく吠える。

 それに対しこちらは、シェリーとレオが順番に吠えた。

 確か遠吠えって、オオカミや犬の間でコミュニケーションを取るためだったりもするらしいから、これで会話しているのかな?

 さすがに、遠吠えでは何を言っているのかわからなかった。


「ワフワフ、ワーウワフ」

「キャゥー、キャゥキャゥ」

「えーと……」


 遠吠えを終えたレオとシェリーが、俺とクレアさんに対して何かを伝えようとしてくれる。

 えっと、シェリーはパパとママがこっちに来てくれるって言っているらしいな。

 それでレオは……え? 何かあるならそっちがこちらへ来いって言ったって? 確かにシルバーフェンリルはフェンリルの上位なのかもしれないが、ちょっと偉そうな態度じゃないか?

 いや、向こうからしたら断われないんだろうが……人間社会で言うと、王様がこちらに来いと言ったようなもんかな?



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